4-1 マネキンと魔法石

 春先。

 イツキは大学からの帰りに魔法道具店の前を自転車で通り抜けようとしていた。


 魔法道具店は普段、外観は別段変わったところのない喫茶店のような店構えをしている。

 が、今日は店先に妙なものがあった。


「あれ……マネキン?」


 イツキは怪訝に思い、自転車を降りた。

 何も服を着せられていないがデパートに突っ立ってるようなマネキンだ。肩につかないくらいの金髪、中性的な顔立ち。大分傷んでいるように見える。


 魔法道具店の扉を開けた。

「ニャー」と愛想良く出迎えてくれたのはブチ柄の子猫だけで、この猫の飼い主かつこの店の店主は薄目を開け、「……なんだ、イツキか」と顔を顰めて再びうたた寝し始めた。


 早くもげんなりしたイツキだが、好奇心が勝った。


「あのぉ、表に出してあるマネキンって何スか?」


「……は? マネキン?」


 のそりと上半身を起こす店主。立ち上がりかけて……脱力した。


「……イツキ、持ってきて」


「どこまで面倒臭がりなんスか! ったく!」


 結局イツキがマネキンをソファに座らせて、二人と一匹で囲む。


「マネキンって粗大ゴミで捨てられるんスか?」


「知らね。つーか、このマネキンどっから来たんだ?」


「ニャーン」


 店主も心当たりなし、マネキンの持ち主が現れる気配もないので取り敢えず暫く店内の本棚の隅っこに座らせておくことになった。


 珍しそうに肉食植物と頭が三つある犬がマネキンを覗き込んだ。

 あんたらの方が珍しいんだけどね……という突っ込みをイツキは放棄していた。




 翌日、イツキが再び魔法道具店を訪れると男女の言い争う声が聞こえた。


 男の方が店主だ。女は、


「あの人、絶対魔女だな……」


 いかにもという感じのトンガリ帽子と黒マントの後ろ姿が見える。店主と同じく二十代前半くらいの容貌だ。


 イツキはそろーっと扉を開け店内に滑り込んだ。


「だから、あたしはあの人と結婚するんだって!」


「だーかーらー。訳分らんつってんだろっ。何だよ、マネキンと結婚って!」


 ……何かやばい状況なのはイツキにも分かった。

 双方、怒鳴りたいだけ怒鳴ったからか黙り込む。


 すかさずイツキが口を挟んだ。


「で、何の言い合いしてたんスか? えっと、この人は?」


 イツキの疑問に女性が疑問を返す。


「ちょっとこの子誰よ? 人間が出入りしてるわけ?」


「あー。説明すんのだるいから二人で勝手に自己紹介してろよ」


 と、店主が丸投げしたのでイツキと女性とで情報共有をする。

 女性の名はレモン。印象通り彼女は魔女であり、店主とは昔馴染みなのだという。……百年くらい前からの。


 先日、レモンは人間界のゴミ捨て場で発見したマネキンに一目惚れをしたらしい。で、結婚する……? と決めたらしい。

 そのマネキンをホウキに乗せて飛んでいる途中で落としたのだが、それが偶々魔法道具店の前だった。


 そしてなぜ店主と揉めていたかと言うと、


「こいつが私とあの人との結婚を認めてくれないからよ!」


 ……こいつというのは店主で、あの人というのはマネキンだ……。


「認められるか! 別に勝手に人形ごっこしてるだけなら口出さねえよ、キモチワリーって遠目に見てるだけだ。

 だが、魔法石を売れってなんだ、明らかにそのマネキンに意思を与えようとしてんだろ」


「そ、それが何よ?」


 レモンがそっぽを向くが、店主は冷ややかに言い募る。


「お前は仮にも魔女だろ、そんなことに魔法使ってどうすんだよ。履き違えるな。俺たち魔法使いは魔法を使わせないことが仕事……」


「あんた、いつからそんな真面目になったのよ⁉ いいじゃないっ。私もう百年以上一人で生きてんのよっ。一生に一度くらい……」


「はぁ? バカじゃねぇの⁉」


 再び口論がスタートしたが、イツキは漸く事情を察して納得した。


「ああもう!」


 レモンは苛立たしく叫んで、魔法道具の並ぶ棚からオレンジに光る石をばっ、と取り上げた。


「おいっ」


 店主が慌てたが、レモンは何故か得意気に笑うとマネキンの胸の辺りに魔法石をパチンと嵌め込んだ。


 眩いオレンジ色の光が店内を包み込む。やがて光がマネキンの身体に浸み込むように移動した。


 固唾を呑んでイツキたちが見つめる中、マネキンがぱちぱちと瞬きをした。不思議そうに辺りを見回す姿は人間と変わらない。


「ニャー」とブチ猫がマネキンの膝に飛び乗った。マネキンはくすぐったそうに「くふふっ」と笑った。


「かわいいーっ!」


 レモンが叫ぶなりマネキンに抱きつく。マネキンは驚いて固まった。


「はじめまして! 結婚しよう!」


 レモンの熱烈な告白にマネキンが困惑気味に首を傾げるも、すでにレモンはマネキンを抱え、ホウキで空へと飛び立っていた。マネキンの膝にしがみついていたブチ猫と共に。


「おい! うちの猫連れてくなよっ!」


 店主が怒鳴るも空しく、空に遠ざかって行ってしまった。


 店主が舌打ちをして旅行鞄を掴んだ。


「イツキ、行くぞ」


「え、どこに? ……って」


 店主は片手でイツキの背中をばっと掴んで、空に舞った。


「え、ちょっ⁉ うわー⁉」


「うるせぇよ、口閉じてろ」


 イツキの悲鳴をあしらいつつ、ぐんぐん高度を上げる。

 足元に見降ろす街が小さくなっていき……。




 店主はスタッと着地し、イツキはドサッと地面にうつ伏せた。と言っても階段の三段目から飛び降りた程度の衝撃だ。


 いつの間にか周囲は赤煉瓦造りの通りが続き、両脇には何語か分からない文字の看板が下がった店がずらりと並んでいる。

 西欧の街並みに似ているがしかし、上空を魔法書らしき本たちがはばたき、喋る犬や猫や蛇が闊歩し、人間らしきシルエットの人々はほぼ黒マント……。


「ここ、どこですか?」


「うん、まあ俺の出身世界」


「……魔法使いの国?」


「まあね。いかにもそうでーすって感じで詰まんねえだろ」


 本当に詰まらなそうに溜息を吐いてスタスタと歩き出した店主をイツキは慌てて追いかけた。


 イツキは踏む度に透明になる煉瓦にぎょっとする。

 透明に透けた地面の下には不思議なことにもう一つの街が見下ろせる。足跡が付くように透けてはまたじわりと赤煉瓦色に戻る。


 通りの真ん中の広間に来た。

 賑わう人々の中にはドワーフやエルフらしき姿もあった。


「あれ、サーカスか何かスか?」


 イツキが指差すと店主が不愉快だオーラを出して腕を組んでいた。


「まぁそんなもんだ。……俺はああゆー魔法の使い方は好きじゃねえけど」


 人間界で良くイメージするサーカスをグレードアップした出し物らしい。

 火の輪くぐりだけでなく水の輪くぐりや風の輪くぐりがあったり、どこから延びているのかというほど長い綱渡りがあったり、出てくる動物もユニコーンだったりドラゴンだったり。


 ピエロは四兄弟だとアナウンスされた通り四人いたがうち三人は等身大の人形だ。

 ニッコリ笑顔を縫い付けて軽快に踊っている。司会進行をしているピエロだけが生身の人間のようだが……。


 ふとそのピエロの仮面の奥から温度のない瞳が覗いた気がしてイツキは身震いした。





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