事件解決編

2-1 手紙と棺桶

 街中が冬の色合いを帯び始め、空は鬱々と曇っていた。

 人々の知らぬ間に細い路地の突き当りには「魔法道具店」と看板の下がった店が現れていた。外見は少し変わった名前の喫茶店といったところだ。


 店内に一歩踏み入ると本棚の本が翅をはばたかせるようにパタパタと横切ったり、うたた寝をしていた肉食植物が起こされて不機嫌に文句を言い、隣の頭が三つある犬がまあまあと宥めたり、窓が不自然にガタガタと音を立て、しまいには何が気に入らなかったのかひとりでにシャッとカーテンが閉まった。


 荒井ヒロシはその一つ一つにビクリと驚き「何なんだ……」と苛立ちながら店主の顔を見た。

 やる気のなさそうな大学生くらいの男がヒロシを見上げて眉を寄せる。


 若い男の様子に早くも期待外れの予感がしてますます苛立つ。

 だが、ここで諦めて帰るわけにもいかない。


「なあ、妻を生き返らせてくれ。おたくはそういうことの専門店なんだろ」


 ぞんざいに訊くと「は? 何で?」と返ってきた。


「いやだから、妻を」


「だから何で生き返らせたいのって訊いてんの」


 最近の若いもんは口の訊き方も知らんのかと言いかけて押し黙る。ここで無駄にごねて店主の気が変わっても困るからだ。


「……三か月前に妻が交通事故で死んだんだ。今、俺は妻の連れ子と暮らしているんだが、そいつが妻以外に懐かない子供でな」


「あ、分かった。それでその子のために奥さんを生き返らせてやりたいんスね?」


 横から口を挟んだのは隣町の高校の制服を着ている青年だ。

 店主が、黙っていろ、と青年を睨む。


「いや、あの子のためじゃなく俺のためだ。正直もう限界なんだ。妻がいなくなって家事も何もかも俺がやらなくちゃならなくなった上に、あの子供の相手までしてられるか!

 一切懐かないんだぞ。厳しく言っても優しく言ってもぼーっと無表情で、俺の家なのに居心地悪いことこの上ない。

 それにあの子は妻とも全く似てないんだ。まだ妻と似ているとこがありゃあ可愛がることもできたさ。でも全く似てない。前の夫との子供への愛情なんか1ミリもわかねえよ」


 ヒロシが一息に言い切ると、店主がさほど興味が無い様子のまま顎に手を当てていた。


「訊くけどさ、それ子供を前の夫に預けるって手はなかったわけ? あー親権問題とか色々あんのか。

 にしてもそんなにその子が嫌いなら、子供と暮らさない選択肢もあるわけでしょ。何で奥さん生き返らすって方向にアクロバットすんの?」


「仕方ないだろ。妻が遺言で俺にあの子を育ててほしいとか書いてんだから」


「あーそりゃ仕方ないね。んじゃあ裁判所か弁護士か児童相談所に依頼すれば?」


 投げやりな店主の態度に、流石に頭にきた。

 金を払う前提で来ている客に向かって何なんだその態度は。


「もういい。おたくに頼もうとした俺が馬鹿だったよ」

 

 ヒロシは低い声で怒鳴って、店の道具を蹴散らす勢いで出て行った。



「最近の年寄りは気が短いねぇ」


 ふぁぁと喉が見えるほどの大欠伸をした店主に青年が呆れた。


「むしろあのおっさんよく耐えたなあって感じっスけど」


 ヒロシという中年男性の目の下のクマを見るに、疲れていて余程でないとキレる気力も起きなかったのかもしれないが。


「そういや、こんなところで油売ってていいのか受験生」


「俺が持ってる英単語帳、見えてます? 一応ちゃんと勉強してんスよ」


 ソファでくつろいでいる青年が右手の単語帳を軽く振る。


「というか、何でいんの君」


 今、漸く気付いたとばかりに疑問を投げかける店主に「さっき言いましたけど」と蒸しパンを頬張る青年。「うまっ」と呟いて、


「俺すぐそこの大学に進学希望なんスよ。オープンキャンパスはもう終わってるけど、今日は説明会があったんで。それに参加して帰りに偶然この店見つけて、寄っただけっス。いつの間に店、引っ越したんスか?」


「へえ隣町までご苦労なこったね、先輩」


 青年の質問には答えず感心した様子の店主だが、青年は少し引っ掛かりを覚えたようだ。


「……ちょっと待ってください。もしかして俺の名前覚えてない感じっスか。つーか、ホノカの先輩って認識しかないんだな」


 ホノカというのは以前、先輩であるこの青年を振り向かせようと惚れ薬を手に入れるため、魔法道具店を訪れた少女だ。結局店主は惚れ薬を売らなかったのだが。


「俺、森野イツキです。まあ覚えなくてもいいけど」


 溜息を吐いて名乗ると蒸しパンにかぶりついた。再び「うまっ」と呟く。


「へえ、じゃあ今後イツキって呼ぶね」


「適当にどうぞ」


 会話がひと段落すると店内はひっそりと静かになった。

 荒れ始めた空がご丁寧に雨が降るよと告げ、ゴロゴロと唸るのを店主は辟易した気持ちで見上げた。





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