6-3 ろくろ首と接着剤


「じゃあ、あの尾木って人は自分が死んだことに気付いてないんスか?」


 イツキが嫌悪の色を混ぜて店主に訊く。


 店主はイツキの視線を受け流して肩を竦めた。


「まあ、珍しいことでもないけどね。

 ……ろくろ首っていうのは、眠っている間に身体から魂が抜け出た姿だとも言われてる。怨念や恨みがあるとろくろ首になるってね。まあ、ろくろ首っていうのは大抵女の姿で、男の場合は見越し入道って言ったりするけどな」


 店主のざっくばらんな説明をまとめると、見越し入道の顔を見上げれば見上げる程大きくなっていってやがて見上げることが出来なくなると見上げようとした者は倒れて死ぬとか、顔を見上げた途端に見越し入道に喉を噛みつかれて死ぬとか、色々あるらしい。

 顔を「見越せない」から見越し入道、なるほど?


 尾木ノゾムという男が話していた上司の池首は自殺し、自殺に追いやったノゾムへの恨みからろくろ首もしくは見越し入道になった。

 そしてノゾムを殺し、復讐を果たしたのだ。


 しかし、理不尽に殺されたと思っているノゾムもまた恨みからろくろ首になってしまった。

 だが、滑稽なことにノゾムはその恨みの事実から目を逸らし、無理矢理にこうあって欲しいという夢を揺蕩たゆたい、自分を普通の人間だと思い込んで現在生活している。


「あの人って……ほんとにずっと自分がろくろ首だって気付かないんスか……?」


「いーや。いつか気付く。そして、自分の得たものの全てが虚偽だと知る」


 イツキは少し吐き気がして口を噤んだ。

 自分が実はとっくに死んでいて今感じている幸福も手にした家族も全てが嘘だと理解するその時の絶望は……。


 イツキはそれ以上考えたくなくて話題を変えた。


「それはそうと今回は何もしなかったんスね、あんた」


「ん? まあ、あのノゾムって男に人間でないと出来るだけ気付かせないための対策くらいだな」


 店主の手には透明のチューブ容器があり、中には毒々しい緑の液体が入っている。

 店主が容器を振ってみせながら、


「これをノゾムってろくろ首の首が伸びないようにくっつけるのに使った」


「って! それ、まんま接着剤かよっ!」


 要するに今回はろくろ首が人間に悪さをしないようにする対策だけのようだ。

 イツキは突っ込んだ後、脱力した。すぐに「あ、」と何か思い付いた顔をする。

 興味がコロコロを移り変わるイツキを見て、店主は呆れて腕を組んでいる。


 イツキは期待半分に身を乗り出した。


「俺にも何か魔法道具くださいよ」


「ええー……。じゃあ、これは?」


 整理していない木箱を引っ掻き回して店主が取り出したのは黄色い本のような……。


「何スか? ……日記帳? これ十ページしかないんスけど」


「ああ、それはどんなに書いても残り十ページになる日記帳だ。何百ページ、何千ページ書いても重さは十ページの日記帳。持ち運びに便利。ただし、用途は日記としてだけ。ご注意を」


 テレビショッピングみたく並べ立てた店主。

 イツキはじっとりと睨む。


「……俺、日記書かないっス」


「今から書きゃあいい」


「何のために?」


「んー、ホノカへの遺言?」


 平然ととんでもないことを口にした店主に、イツキが本気で怒鳴る。


「やめろっ! 思いっ切り死亡フラグ立てないで下さい、マジでっ!」


 日記を突き返してイツキは魔法道具店を自転車に乗って走り去った。店主は、はははと意地悪く笑ってイツキを見送る。


 魔法道具店の建つ薄暗い路地にも夕陽の不気味な赤だけはしっかり届いていて、店主はその赤い光に目を細めた。



 尾木ノゾムの新居のすぐそばの電柱に小柄な中年の男が立っていた。


 街灯に髪の毛のない頭が仄暗く反射する。

 夜道を歩く通行人には、猫背になって電柱に寄り掛かっている男は少し迷惑な酔っ払いとしか見えないだろう。


「……俺はお前のせいで、お前のせいで何もかもを……。お前も俺と同じ絶望を味わったらいいんだよ、尾木……」


 ふふ、と男が肩を揺らすのに合わせて、危なっかしく首がぐらついた。

 ろくろ首はノゾムが絶望に身を投げる瞬間を今か今かと首を長くして待っていた。


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