5-7 透明人間と包帯
*
イツキはレモンたちが暮らす箱庭の家に来ていた。
揺り椅子に座り、目元と服から見える手足に包帯を巻きつけたホノカを目の前にしている。
人間界に戻ることの出来なくなったホノカは身体を自由に動かせない間、治療のためにレモンたちのいるこの箱庭の家に保護することになった。
外界の一切から隔離されたこの場所ならホノカに辛い思いも痛い思いもさせず、これから降りかかるかもしれない惨い事実に触れさせずに済む。
それがホノカにとって良いのかは分からない。
ただイツキの持てる全ての手を使い、ホノカを守ることが義務だと思う。後はホノカが望みを口にした時、望むようにしてやればいい。
キッチンで食事の用意をしていたレモンがイツキを呼ぶ。
「イツキ君はあいつの弟子になったんでしょ? 大丈夫?」
「ああ、はい。別に危険なことはないっス。魔法道具の整理整頓とかやらされてて」
要するにイツキは今のところは店主から雑用係に駆り出されているだけだ。
「そーなのね……。何であいつがイツキ君を弟子にしたか聞いた?」
イツキが首を横に振ると、レモンはやっぱり、と腑に落ちた様子で、
「……イツキ君が魔法使いになれば、この出入り禁止の箱庭に条件付きで出入りできるもんね。簡単じゃないけどホノカちゃんと一緒にいられるチャンスを持てる。あいつ、普段は性格悪いけど時々訳分かんないお人好しを発揮するもんねぇ」
「……辛辣っスね」
「あの見た目でも中身は何百歳のおじいちゃんなんでしょうから、ホノカちゃんの健気さに涙腺緩んで仕方ないのよ。あたしの時は助けてくんなかったくせに」
「……ほんと辛辣っスね」
イツキがははは、と苦笑したところで、
「「レモン」」
マネキンのミカンが手を振って食事に誘うトーンで、アボカドがレモンの失言を咎めるように声を掛けた。
レモンは「はーい……」と肩を竦め、食事の準備の手伝いに戻った。
イツキがキッチンからリビングダイニングに戻ると、ホノカがイツキの気配に気付いたらしい。
「イツキ先輩。なんか私、狼人間からミイラに転身することになりました」
ホノカのおどけて言った声は穏やかだ。
「ああ、俺も透明人間から魔法使いに転身したよ」
二人揃って、ふふっと苦笑する。
その笑いが治まった頃、ぎこちなくイツキは話を切り出す。
「あー、あのさ。俺、前に断わられたけどさ、やっぱ……好きなんだけど。ほんと、付き合ってくんない?」
「えっ、あ、お断りします」
ホノカは突然のことに慌てながらはっきり断る。
ガクッとイツキが項垂れた。
事の成り行きをそれとなく見守っているレモンたちの目が生暖かい……。イツキの心が挫けそうだ。
「……あっのさ、でも俺諦めきれないっつーか、また告ってもいい? あ、勿論、流石にうざい、ストーカーだって思ったら、言ってくれれば速攻止めるから。それ以上は食い下がらないからさ。だからってゆーか、それまでは、俺が諦め切れないうちは口説かせて」
「は、はい」
反射で返事をしてしまったらしいホノカは「どうしよ、はいって言っちゃった!」とパタパタ慌てていたが、やがて嬉しそうに、
「でも先輩、それじゃあ私ずっとOK出来ませんよ。だってYesって言ったら、先輩の好きだって台詞を何回も聞けなくなるじゃないですか……」
後半は消え入るように囁いていた。いたずらっぽい声音。包帯から覗く耳や頬が赤い。
滅茶苦茶ベタな台詞だぞと理性では分かっているのに、ヤバい、可愛い、と何故かイツキは内心テンパっていた。
海岸から崖を上る時、ホノカが痛みを堪えようと爪を立ててついた首の傷に当てていたガーゼを引っ掻いて自分を落ち着かせる。
それを見守るレモンたちの視線はやはり生暖かいものだった……。
アボカドの号令で朝食になった。イツキも今日は席に着く。
メニューはなんだかオシャレなカツ丼だ。ポテトサラダと思しき白いものが上に載っている。
それに最初にスプーンを伸ばすアボカド。なるほど、この家ではアボカドが毒見役らしい。
賑やかな食事の時間だ。
窓から差し込む爽やかな光と家の側に立つ大木の若葉の影がホノカの身体に巻き付く白い包帯を浮かび上がらせる。
レースカーテンがはためく隙間から流れ込んできた朝の風がホノカの黒い髪の形を変えては通り過ぎていく。
揺り椅子に座り、食卓に笑い声が上がる度そっと微笑むホノカは教会の修道女のように清らかに映った。
その光景をイツキはそっと盗み見て、ホノカが穏やかに笑える時間が続くことを願った。
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