4-8 マネキンと魔法石


 そして、いつもの魔法道具店。

 イツキたちは漸く人間界に戻ってきていた。

 店主は定位置、ホノカとイツキはソファーに座っている。


「で、結局何がどうなって解決したのか話してくれるんスよね? 俺めっちゃ巻き込まれたし」


 イツキが店主をじとっと睨む。

 店主はその視線をものともせず肘をついた。

 ホノカは視線をイツキと店主に行ったり来たりさせながら口をパクパクする。


「面倒くさ……」


「怒りますよ」


 イツキは低いトーンですかさず店主の愚痴を遮る。

 店主はけだるげにぐるりと首を回した。


「はあ、分かったよ。……まずあの子供らだが、人間界の児童養護施設に引き取らせることにした」


 アボカドの元で十数年を過ごした三人の孤児の子供たちだというが。


「どうやって引き取ってもらったんスか? 戸籍とか色々手続きの問題とかありそうスよ」


 イツキの台詞に「確かに」とホノカが呟いて首を捻る。


「ドワーフの知り合いに頼んだんだよ。あの手の種族は人間界の情報をちょっと弄るくらい造作もないからな」


 ドワーフと聞いてイツキの頭に浮かぶのはトモヤのことだ。

 以前、魔法道具店が関わったドワーフの少年だ。人間界で人間の父親に育てられているはず。


「質問でーす。何で養護施設なんスか? 誰かの子供だってことにすることも出来たんでしょ? トモヤの時みたいに」


「あれは特殊なケースだ。多種族が人間界で生きていくには相当な準備がいるからな」


 ホノカが小さく手を挙げて口を挟む。


「でもあのピエロの子たちは元々人間なんですよね? 子供たちにとってはちゃんと親がいた方が幸せになれるんじゃないですか? そうすることも出来るのに、そんな施設なんて……」


 店主が冷酷にホノカを見下ろした。


「養育能力のない夫婦に引き取らせる羽目になるより、一度養護施設で今の人間界の常識やら何やらを学んでから、里親の元に行くとか社会に出る方がよっぽど幸せなこともあるだろ」


 ホノカが反論しようと口を開きかけて、ぐっと噤んだ。


「そうかも……しれません……」


 考え込んでしまったホノカを見計らいつつイツキが話題を変える。


「レモンさんとミカンと、あとアボカドさんは魔法使いの世界でずっと暮らすことになったんスよね」


「ああ」


 はたとイツキの中に疑問が浮かぶ。


「……そういえばレモンさんが結婚にこだわってたのって何か理由があんスか?」


「……あー、それね。

 ……百年以上前はだいたいどこの国でも同性婚禁止だったからなぁ」


「「はあ? 同性婚?」」


 レモンとアボカドは当時、良家のお嬢様だった。当然のようにどちらにも許婚がいた。

 周囲はレモンとアボカドの仲が良いことは気付いていたが恋愛感情だとは認めなかった。まだ幼いから分からないだけ。一時の気の迷い。


 だからこそレモンは結婚に拘った。周囲にアボカドとの関係を認めさせようと意地になった。魔女になることを求めたのもそのためだ。


「……つまりアボカドさんは女性ってことスか? あの見た目で?」


 あの見た目とか言ってしまった。

 短い金髪に長身、鋭い目。女性と言われればそれはそれで納得できるか……。


 現代の日本でも同性婚は認められていないし、世界でも賛否両論ある。

 当時の二人がどれ程の息苦しさを抱えていたかはイツキには想像することしか出来ない。


「……結局レモンさんはアボカドさんとミカンちゃん? くん? のどっちと結婚するんでしょう?」


 言っちゃいけないかもしれない疑問をホノカが普通に呟く。


「知らね」


 短く切って捨てる店主。

 会話の区切りにホノカがちらっと壁に掛けてある時計を見上げた。


「あ、私そろそろ帰らなきゃなので……」


「あぁうん、方向違うから送れないけど気を付けて」


 イツキが手を上げてみせると、ホノカが僅かに頬を赤く染めて「……はい」と頷いた。




 ホノカが店を出た後、イツキが新たに湧いてきた不満を口にする。


「というか何で毎回毎回、俺とかホノカとかを引っ張り出すんスか? あんたの信条は魔法を使わせないことじゃなかったのかよ?」


「ほんと何でが多いな、お前」


 店主は少々言いづらそうに顔を顰めて、目を逸らした。


「なあ、イツキ。最初にホノカがうちに来た時のこと覚えてるか?」


「え、ああ、はい」


 ホノカが魔法道具店に足を踏み入れたのは、イツキを振り向かせるための惚れ薬を手に入れるためだったはずだ。


「それがどうかしたんスか?」


「……そもそも人間界で平凡に生活してる人間は魔法道具店を見つけることすら出来ないはずなんだよ」


「えっ?」


 イツキはまじまじと店主の顔を見返してしまう。


「ホノカは多分最初にうちに来る前から人間じゃない何かと混じってる」


 冗談でしょ? と訊き返そうとして、店主の目が本気で言ってるらしいことを知る。


 ブチ猫が気遣うようにイツキの足元にすり寄ったが、いつものように「ニャー」とは鳴かず、店内の沈黙は暫くの間守られ続けた。







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