その8 対決②

 俺は彼女をカウンターに座らせ、他の連中と離し、並んで座ると、バーテンにバーボンをもう二杯注文し、ICレコーダーを出してスイッチを入れた。

『念のために録音はさせて貰う。いいね?』

 そうして俺は、自分が何故ここまでやってきたか、依頼内容について話した。

『探偵さん、本当に私を捕まえに来たんじゃないの?』と、探るような目つきで俺を覗き込む。

『さっきも話したろ?俺はただの探偵だ。警察オマワリとは関係がない。それに君のについては立件されたものは一つもない。たとえ俺が逮捕権を持っていたって、手錠腰縄で突き出すわけにもゆかん』

 彼女は俯き、姿見のように磨き上げられたカウンターの表面に映る自分の顔を暫くじっとみていた。

 それから、、バーボンのグラスに口を付け、一気にあおった。

 少しばかりむせる。

『そう・・・・ママ、いえ母はそんなに悪いの』

『ああ、会いに行けるものなら、出来る限り早く言ってやった方がいい。君の過去に何があろうと、俺には関心がないが、余命宣告されている人間には一度くらい顔を出してやっても、罰は当たらんと思うぜ』

 彼女はバッグから、あの黒いオルゴールの箱をもう一度取り出して蓋を開き、中から小ぶりのシガレットケースを出し、紙巻き煙草を指で摘み上げると、平たい銀色のライターで火を点け、煙を思い切り吸い込んだ。

 俺の鼻を、ヨモギの焦げたのと同じ匂いがくすぐり、彼女の目がうつろになった。

『マリファナかね?』

『そうよ、それが何か問題?』

『私は普通の人間とは違うのよ。おじいちゃんに会ってそう確信したわ。もう子供の頃から気が付いていたわ。悪いことを悪い事と思わない。欲しいものはどうやっても手に入れる。やりたいことはどんなことをしてでもやる。他人ひとが泣こうとわめこうと、不幸になろうと、何の感傷も持たない。そんな人間だってね。』


 彼女の目が、ますます焦点を失い、泳ぎ始めた。

『らから、あの人達に伝えて頂戴・・・・兄さんと母さんに・・・・”もう、石倉純子はこの世にはいません。死んだと思ってあきらめて下さい”ってね』言葉もどこか呂律ろれつが回らなくなっている。

 レコーダーのスイッチを切ると、俺はバーテンに、何でも構わない。水を持ってきてくれとオーダーした。

 肥ったバーテンは何も言わず、ボルヴィックのリッターボトルを出してカウンターの上に置く。

 俺は蓋を開け、中身を思い切り彼女の頭にぶっかけた。

『何をしやがる!』周囲に居た男どもが一斉に立ち上がり、中には拳銃まで取り出したのがいた。


 だが、俺は構わずに片手にM1917、片手にまたもう一本、ボルヴィックをオーダーすると、構わずに彼女の頭に注ぎ続けた。

 

 髪から、顔、そしてアイボリーのニットワンピース。全部ずぶ濡れだ。

 俺は彼女が”もうやめてくれ”というまで、構わずバーテンにボルヴィックを注文した。

 

  リッターボトルが、丁度六本空になり、カウンターに残骸を晒した時。彼女はようやくくしゃみと共に、

”もうやめて頂戴!”と泣きを入れた。

 俺は底に残っていたボルヴィックを飲み、一万円札を取り出し、バーテンに向かって放った。


『釣りはいらん。取っとけよ』


 それから、彼女のバッグの中身を全部しまい、肩に担ぐと、

『さあ、東京へ帰るぞ。でないと俺の仕事を完遂したことにはならん。当然金も貰えん。こう見えても俺はプロ、仕事には忠実なんだ』


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る