その5 追跡③


 『どこで私の事を訊いてきた?』

 事務所で向かい合った時、パイプに火をつけて、チョコレートが焦げたような匂いを漂わせながら、心なしかなじるような響きで、俺に言った。

 彼の名前は・・・・いや、それだけは避けておこう。

 まあ、そこそこ有名な刑事弁護士・・・・そう表現して置くに留めておこうか。

 回りくどい言い方をして悪かったな。

 簡単に言えば、石倉純子の実の祖父に当たる秋山了次の弁護を担当した男だ。

『私は探偵ですよ。弁護士の知合いなんか履いて捨てるほどいます。そこを辿れば

貴方の存在を突き止めるなんて、造作もないことです』

 彼はパイプを手で叩き、火種を灰皿の上に落とし、唇を歪める。

『分かった。負けたよ。で、何を知りたいんだね?』

『貴方は秋山了次が亡くなる直前、彼の孫娘の石倉純子を面会させてますね?』

 再びパイプ煙草を火皿に詰め、柄の長いマッチで火をつける。

 流石にもう”誰から聞いた?”とは言い返さなかった。

『君の言うとおりだよ。儂は確かに秋山君に純子さんを引き合わせた。何か魂胆があったわけじゃない。彼から、”私には孫がいると聞いている。あの世に逝く前に一度だけ会ってみたい”と言われたんでね』

 それで、弁護士の特権とやらを使って、純子と連絡を付け、対面をさせたのだという。

『何を話したんです?』

 彼は焦げ臭い煙を盛んに吹き上げながら、

『別に何も、ただ、渡したいものがあるといって手渡したのが、刑務作業中に作った寄せ木細工の小さな箱だった。プレゼントだといってそれを渡して・・・・』

『それを渡して?』

『それっきりだったよ。都合1時間ほどだったかな。後は殆ど何も話さなかった』


 一週間後、俺は秋山了次が服役していた県の、すぐ隣に当たるA県の県庁所在地にあたる、工場と味噌カツのあるN市にやって来た。

 関西地方のある町で、裕福な内科医の次男として生まれた彼は、高校を卒業すると、ここの県庁所在地であるN市にあった国立大学の工学部に入学した。

 かなり難易度の高い大学だったが、幼い頃から勉強も良く出来、学内でも常に5番より下がったことがなかった彼としては、むしろ当たり前と言えるほどの進路だった。

 だが、その頃から彼は・・・・大きく道を踏み外していった。

 いや、正確にいえばもうそれ以前から、彼は道をはずれていたのかもしれな

い。

 彼はこの町の繁華街にあったスタンドバァ(懐かしい名前だ)を根城にありとあらゆる悪事に手を染めていた。

 だが、そこからが彼の頭の良いところである。

 どんなをしようと、絶対に証拠は残さなかった。

 警察オマワリにパクられても、いつも証拠不十分で釈放となってしまう。

 そんな人生を彼は送っていたのだ。


 彼はこの町の繁華街にあった、小さなバァを根城に、やりたい放題やり尽くした。


 その彼が逮捕されたんだ。当然その店も警察オマワリの手入れを受けて無くなっているだろう・・・・常識的に考えれば、誰でもそう思う。

 しかし、俺は元来へそ曲がり、常識の逆を行く人間だ。

 他の連中が右といやあ、俺は左と答える。


 そういう生き方をしてきたんだ。

 そんな俺に”常識人の法則や哲学”なんざ通用しない。

 俺はそんな考えを持ち、その町一番の繁華街、Ⅰ区にある問題のバァにたどり着いた。

 古びたドア、目だけが光る立派な黒猫が横たわっている看板、

”BAR・黒猫”ときたもんだ。

 

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