その5 追跡②

 三日後、俺が出かけたのは、中部地方の山あいにある、人口が100万人に満たない山あいの小さな県、その町の中心部から更に30分ほどある町の外れにある刑務所だった。

 ここは全国でも5か所しかない医療刑務所・・・・純子の実の父親、そしてその祖父に当たる稀代の犯罪者・・・・彼がひっそりと亡くなったのは、ここだったのである。


 ええ?

”一介の私立探偵が服役囚の個人情報なんか教えて貰えるのか”だって?

 教えてくれる訳ないだろ。

 だが、伊達に探偵稼業で飯を喰っちゃいない。

 こちとらにだって、人様に言えない、”コネクション”てぇ奴があるのさ。

 と、回りくどい言い方はよそう。

 この刑務所の現在の所長な、

 俺の陸自時代のすぐ上の先輩だった人なんだよ。

 四年満期で除隊した後、どんな心境の変化があったか知らないが、法務省の刑務官の試験を受けて、それが現在の所長ってわけだ。

 それを知った時、嬉しかったねぇ。

 これで仕事がやりやすくなるってもんだ。

 多少神経質なところはあったが、酒呑みでひねくれ者の俺とは何故か気が合った。

 

 所長室に通された俺は、久しぶりに先輩と顔を合わせた。

 幾分肥ったみたいだが、細い目と、時折頬をぴくつかせる癖は昔とちっとも変っちゃいない。

 

 彼は何度も、

『いいか、今回の件はこの私の一存によるものだ。情報源の秘匿については、厳格にこれを守ってくれよ』と繰り返した。


 そう言って彼は石倉純子の祖父・・・・秋山了次あきやまりょうじについての個人情報を手ずから持ってきて、卓子テーブルの前に並べてくれた。


 秋山了次は、根っからの犯罪者だった。

 彼は罪を犯すことを特別悪いことであるとも、そしてそこから何らかの利益を得るためとも考えていなかった。

 犯罪そのものを楽しんでいる。そういう風情を最後まで持ち続けた男だったという。

 強盗、強姦、放火、強請ゆすりにタカリ、そして殺人に至るまで、それこそ見境なしと言った感じだった。

 しかし、彼にも悪運の尽きる時が来た。

 数え年で60歳の春、それまで一度も証拠を残さなかった男が、些細なドジから手錠ワッパを打たれ、起訴された20件の内、17件で有罪、残りは証拠不十分となり、結局懲役20年の実刑判決を受け、最初は東京の府中刑務所にいたがその後身体を壊し、医療設備が比較的整っていたこの医療刑務所に移送され、以来76歳で死去するまで、ずっとここに居たという。

 

 当り前だが、自分の犯した罪については最後まで一言も贖罪の気持も、反省の弁も漏らさなかったそうだ。


『私がこちらに赴任してきたのは彼の晩年だったからな。特に詳しく知ってはいないんだが、服役態度は極めて真面目で、もめ事も起こさず、刑務官に逆らうといった反則行為も一切なかった。』


 顔立ちは色白、今の言葉で言うならイケメンで、一目見ただけでは、とてもこんな男が極悪非道な犯罪者だとは信じられない・・・・そんな雰囲気の男だったという。

『彼について、何か変わったことはありませんでしたか?』

 俺がそう聞くと、所長は少し考えこんでから、

『刑務官からの報告によると、亡くなる三か月ほど前の事だった。彼の弁護を担当していた官選弁護人に付き添われて、一人の若い女性が面会に来たという。

『色白で細面、目鼻立ちのすっきりした、かつての東映時代劇のお姫様女優のような・・・・』

 俺がそういうと、所長は目を丸くして身を乗り出した。

『何でお前、それを知っとるんだ?』

『私はこう見えても今は探偵です。』

 所長は俺の言葉に、感心したように頷いて見せた。




 

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