その4 追跡①
『で、妹さんを探し出して、一対どうしようとおっしゃるんです?』
俺はカップを持って立ち、窓際から外を覗く。
もうすっかり葉を落とした街路樹が、木枯らしに揺られて全身を寒さで震わせている。
『まさか自首でも勧めるとか?』
コーヒーを一口啜り、俺は彼の方を振り返ってみた。
石倉武氏も俺と同じようにコーヒーを一口飲み、それから首を振った。
『妹の起こしたことは全部立証されていません。だから仮に自首を勧めても無駄でしょう。必要なのは治療です。彼女は病気だと思ってますから、早く探し出して、専門医の手によって適切な治療を受けさせる・・・・それが今一番必要なことだと思っています。それに・・・・』
そこで言葉を切り、カップを
『それに?』
俺はソファに戻り、真正面から彼を見つめた。
『母に、早く逢わせてやりたいんです。でないと・・・・』
また言葉を切った。
『母は、もうあまり長くないんです。脳の手術不可能な場所に腫瘍が出来てましてね。医師からは持って半年から一年と言われました・・・・』
『貴方は妹さんとは異父兄妹だともおっしゃいましたが・・・・』
彼はそれについても話してくれた。
父が仕事で海外を飛び回っていた頃、母は別の男性と一時不倫関係にあったのだという。
勿論彼女は父と別れてまでその男性と一緒になる気はなかった。
クラシックな言い回しを使えば、単に父がいなかった寂しさを埋めるためだったのだそうだ。
彼には自分の妊娠については告げなかった。
そのうち、大学を卒業した直後、不慮の事故で死去してしまったという。
中絶してしまおうかとも考えたが、しかし彼女にはそれも出来なかった。
勿論夫に事実を告白も出来ない。
そこで夫には秘密で、夫の子として産むことを決意した。
幸い、血液型も夫と同じB型だったので、さして怪しまれることもなかった。
しかし、彼女は娘のある癖・・・・つまりは盗癖である・・・・を知り、まさかと思い、人を雇って調べてみた。
すると、彼女の恐れていたことは的中してしまった。
”彼”の血筋の中に、犯罪者が混じっていたのである。
”彼”の祖父に当たる人物・・・・それはもう今から30年以上前の話だが・・・・が、実は詐欺、窃盗、傷害、そして殺人まで犯した、当時稀代の犯罪者と呼ばれた人物だったのだ。
”彼”自身はそのことについては全く知らなかった。
男・・・・つまり”彼”の祖父にあたる人物は、彼が生まれる半年前に、刑務所の中で病死していたのだから。
母は娘の性癖に、彼女の本当の父親の中にあった”暗い遺伝”現れ、そのために彼女が自覚せぬまま犯罪を繰り返しているのだとしたら・・・・これは明らかに自分の過ちのせいだ・・・・。
だとしたら何としても治してやらねばならない。たとえ何があろうと、娘であることに変わりはないのだから、取り返しのつかないことをしでかす前に手を講じてやりたい。しかし今の自分ではそれはもう無理だ。
貴方にこんなことを頼むのは虫がいいと思われるだろうが、何とかしてやって貰えないだろうか、これが私の最後の頼みだ。
そう言って涙を流しながら息子の手を握りしめたという。
『母が不倫をしていたなんて聞いた時には、正直ショックでしたよ。でも、純子は私にとってもやはり妹には違いありません。何とか救ってやりたいのです』
俺は腕を組み、暫く考え込んだ。
これはひょっとして犯罪をほう助する事にもなりかねん。
そう言って断ってもよかったが、
『分かりました。引き受けましょう』俺はそう答えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます