その十五【悶える朝の幼馴染】

 次の日。


 誤差だけど学校の近い立花家の前で会い、一緒に登校しようと瑞希みずきと共に歩きだす。


 いつもの学校生活の一日の内、家族以外に初めて会う愛しき恋人との対面。

 その恋人と一緒に登校するという、学生の間でしか感じることができないこの状況。


「………」


 ……そんな日常になりつつある早朝の風景は、言わずもがな幸せなものではある。

 ただ、今日はその恋人の様子が少しばかり違っていた。俺はそれを、黙って見つめる。


──昨日のことが頭でフラッシュバックして、目を合わせられない……


 脳内に響いてくる通り、いつもなら合わせてくれる俺のこの視線を、今日の瑞希は合わせてはくれない。

 一度夜を跨いだとはいえ、まだ昨日の出来事により頭の中で悶えている様子。


 ……ただ、しっかりと繋がれた手はにぎにぎと握られているのはどういえばいいのか。

 まあ、悪いことではなく寧ろ逆なので、触れないでおいてやるのが今が正解か。


「……なあ、瑞希」

「ひゃいっ!?」


 しかし今日は用件がある。だから名前を呼ぶと、瑞希は甲高い声で返事をしてくる。


 少しびっくりして俺が黙り込むと、自分からしても予想外の声がでたらしく瑞希は俯いてしまう。

 顔は見えないものの、僅かに覗ける小さな耳は羞恥からか赤く染まっていた。


 ……可愛らしい高音だったものの、これも触れないでおいてやろう。

 そう思った俺は苦笑して、そっと握られていない手を瑞希の頭に添える。


「これからもハグは何度もしていくんじゃないのか。なんなら、キスよりも」


 寧ろ、キスをする前にハグをする方が少し順番がおかしくはあったりするのだけど。


 俺としても、心拍数が上がったり瑞希を強く感じるのはキスの方だ。

 触感や嗅覚だけではなく、他の五感までのを全て瑞希に奪われる感触。

 アレを味わっている時のことを思い出すと、柄にもなく顔がとても熱くなる。


「………」


 しかし瑞希は、俯いたまま何を返してくれないため表情が伺えない。

 ただ、そんな瑞希の頭を撫で続けている俺の手を払うことはしてないでくれた。


 それに、心の声も無論聞こえている。


──どっちにしても恥ずかしいよ!比べる対象が割に合っていない……!


「これまでかなめさんとして来た回数よりも、多くはするんじゃないのか?」

「家族としてのぎゅーとは、流石にまた違ってくるんじゃないの……?」


 冗談交じりに言うと、瑞希が少し頬を膨らませながら正論を言ってくる。

 どうやら、少し拗ねてしまったらしい。その姿も、可愛くはあるけれど。


「それもそうだな」


 そう返して、俺は笑う。流石に歩きずらいため、ここで頭から手は離しておいた。


「それで、話が脱線してしまっていたけれど少し瑞希に訊きたいことがあるんだ」


 俺は朝の登校中に尋ねたかった本題を、やっとのこと切り出すことが出来た。

 もちろんそれは、昨日の夜に妹である千冬ちふゆから言われたこと。


『放課後デートとかしないの?』


 瑞希なら断られることはないとは思うのだけど、今の内に訊く方がいいだろう。

 今日の放課後のことを想像しながら、少し視線を向けてきている瑞希に口を開く。


「今日、放課後にショッピングモールにでも行かないか?制服のまま」


 瑞希はそれを聞いて視線を地面に戻し、放課後について考え出したようだ。

 無論、それも脳内に響いてくる。


──制服のまま……それってもしかしなくとも、放課後デート?しゅーくんと?


「……行く」

「ありがとう」


 俯いたままではあるものの、少しだけテンションを上げた瑞希に俺は頬を緩ませる。

 いつからかは覚えていないけど、この長く育ませてきた愛しさは止まることを知らない。


 本当に、瑞希と復縁できてそのまま恋人になれて幸せだ、と思う。

 そして、改めて今日の放課後のことが楽しみになって来た。そんないつもの朝だった。

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