その十四【千冬の質問】
「ねえ、お兄ちゃん」
その日。
顔は見えないけれど、なんとなく声のトーンが低い。……いつものことではあるか。
「ん?どうした?」
俺は持っていた包丁を置いて、タオルで汚れた手を拭きながら振り返る。
視界に入った
昔みたいに、もっと笑ってくれないだろうか……と、兄ながらに寂しく思う。
そんなことを考えて肩を竦めていると、冬は真顔のまま首を傾げて口を開いた。
「最近さ、お兄ちゃんと瑞ちゃんって放課後どっちかの家で一緒にいたりするよね?」
「……そうだな」
我が立花家はともかく、何故だか須藤家の方も把握している口ぶりな気がする。
……まあ、確かに俺たちは最近の放課後だとお互いの家で過ごしていることが多い。
だけど、それがどうかしたのだろうか。
「放課後デートとかしないの?聞いた話だと、してないみたいだけど」
「聞いた話って誰からだよ……」
やはり、何もかも把握している口ぶりからして、誰かから聞いた話ではあったらしい。
だからゲンナリしてそう呟くと、「瑞ちゃん」って即答された。瑞希……
……まさか、俺が寝ている時にしているのか?脳内に響いてきた覚えはないけど。
それで、放課後デートか。
放課後デートの定義は分かりにくいけど、学校帰りならそれでいいのだろうか?
学校帰りということは、姿を変えたばかりの制服姿である瑞希とのデートか。
想像すると……悪くないかもしれないな。
初見ではない制服同士で、普通のデートのように手を繋いぎながらショッピング。
収納できるのは、既に教材の入っている使い慣れているバッグのみ。
その後いつも通り家に帰って、二人でデートの成果を確認する。
………いいな。
「何一人で勝手に顔を赤くしてんの?」
「……すまん」
そんな冬の冷めた声で意識を取り戻すと、気づいた時には顔が熱くなっていた。
いくら瑞希のこととはいえ、柄にもなく夢見心地になっていたらしい。
「……それで?結局放課後デートとかしないの?そういうのって結構夢ってものでしょ」
「それは冬の偏見じゃないのか?」
何故だか機嫌悪げに訊いてくる冬だけど、俺は思わずツッコんでしまう。
実際、俺は放課後デートという言葉を先程まで意識していなかったしな。
しかし、案の定と言うべきかツッコんだ途端に冬に睨まれてしまった。
……とりあえず答えだけ言おうか。
「……明日にでも誘ってみようかな。瑞希がどんな答えを出すかは分からないけど」
お察しの通り興味は湧いたため、俺は顎に手を添えながらそう答える。
ただ、今ハグのことで悶えている瑞希がどう答えるかだな。本当に。
「あの瑞ちゃんが断るとは思えないんだけど」
「……それもそうか」
瑞希はとても優しい性格だ。誠実だし、悪いことではなければ受けてくれるだろう。
それが何故だか頭が回らず、思い至らない。俺はどうかしたのだろうか。
「ま、それだけだから。じゃ」
「ん?ああ」
そんなことを考えていたら、せっせと冬はリビングを出て2階へ上がってしまった。
……放課後デートという提案をしてくれてるということは、俺たちの事を応援してくれてはいるのだろうか?
絶賛反抗期で困ったものではあるけど、そうだったら嬉しい。そう思いながら、俺は再び包丁を振るったのだった。
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