その十三【ご褒美】

「………」


 ……テスト返却日。先日脳内に響いてきた内容を、俺は未だに飲み込めないでいた。


 その内容とは、テストを終えた日に瑞希みずきと約束していたご褒美のことだ。

 気づいていないフリをしているけど、決まったご褒美はバッチリ脳内に響いてしまっている。


 別に、ご褒美が事前に知ってしまうことは許容範囲だから、それはいいんだ。

 だけど……その内容が、色々な意味でやはり飲み込めないでいる。


 しかし、そんな俺のことなど知ったことか、とテスト結果を先生から手渡された。


 ちなみに言っておくと、五教科の合計点が300点になっていたらご褒美だ。

 その前回の瑞希の合計点は227……約73点の上昇が目標だけど、瑞希の様子を見てきた感じは余裕そうである。


 俺は自分の点数を確認していきながらも、脳内に意識を寄せた。


──国語が62、数学は73!日本史が59、生物は87!英語は……46。


 瑞希は理系に特化しているようだった。生物に関しては、俺よりも点数が高い。


 ……で、合計は330点程。


 英語の点数が思ったより低くて元気がないようだけど、ちゃんとノルマは達成している。

 ということは、あのご褒美が現実になるということが確定したわけで。


「………」


 ……俺は今一度瑞希の願いを脳内で繰り返し、覚悟を決めたのだった。



 □



「……ほら、瑞希」


 放課後。俺と瑞希は共に下校して、今日は俺の部屋で一緒にいることになった。

 だから俺は自分の部屋に瑞希を招くなり、彼女に向けて両手を広げていた。


「えっ?」


 しかし瑞希は、俺の行動の意味がわからないらしく素っ頓狂な声を上げて首を傾げた。

 そんな瑞希に、俺は「ご褒美」と顔を逸らし気味に言ってやる。


「……あっ」


──先に、読んだんだ……は、恥ずかしいっ……!


 やっと意味が飲み込めた瑞希は、小さくそう零して顔を赤く染めながらモジモジと体を揺らす。

 ……もう言ってしまうと、瑞希が考えていたご褒美は、''ハグ''だ。


 順序がおかしいかもしれないけど、俺と瑞希は、キスはしたのにハグはしていなかった。

 久しぶりに俺の部屋で二人になった時のは俺が後ろからだったけど、今度は正面からだ。


 ……キスをすることに抵抗が無くなったのに、何故改めてハグするとなるとこうも顔が熱くなるのだろう。

 そんなことを考えながらも、俺は両手を広げ続けて瑞希が来るのを待つ。


 そんな瑞希は、赤い顔のまま俺の胸元を見据え、ごくり、と息を飲んだ。


「………」


──私、ついにしゅーくんとぎゅーってすることになるんだ……


 ……さすがの俺もハグになると気恥しいから、そう繰り返さないで欲しい。

 言葉としては違うけれど、言い方が可愛いのだからこれまだ悩み物だ。


 そんな気持ちを込めて、俺は手を広げたまま瑞希を手招いた。


 瑞希は俺の合図に頷くなり、ゆっくりと近づいて俺の肩に顎を乗せる。

 立て続けに背中に腕を回してきて、ぎゅっ、と優しく締め付けてきた。

 俺も瑞希の背中に腕を回して、優しく締め付け返す。


「………」


 俺と瑞希は身長差が3cm程しかないため、自然と抱きしめ''あう''形となった。

 一方的に包み込むハグはまだした事がないからわからないけど、これは……すごいな。


 キスや手繋ぎと違って、ハグは体全てで触れ合う形となるため、それほど瑞希の存在と温かさを直に感じる。

 そして、鼻腔はというとこれでもかと瑞希特有の甘い匂いを捉えてくる。


──しゅーくん、あったかい……


 ……例えにくいのだけど、全てを瑞希に委ねているようで、安心感を感じる。

 ハグは1回30秒で一日のストレスの三分の一が解消する、と聞いたことがあるけれど……本当の話かもしれない、と思えてきたな。


──うぁ……


 そんなことを考えて瑞希を感じていたら、ふと瑞希が腕を離してきた。

 どうしたのか気になりはしたものの、瑞希にならって俺も腕を離す。


 首を傾げながら体も離して瑞希を見ると、瑞希はこれまで見たこともないほどに顔を赤らめていた。

 それを見て俺は目をまるくする。本当に一体、何があったのだろうか。


──しゅーくん……


「……心臓、破裂しちゃいそう……」


 必死に絞り出すようにそう呟いた瑞希の言葉を聞いて、俺は再度首を傾げた。


 気恥しくはあったものの、ハグすることで俺は安心感を感じていた。

 脳内に響いてきた言葉を聞いた限り、瑞希もそう考えていると思ったのだけど……


「自分で考えておいてなんだけどこれ、しゅーくんのことを意識しすぎちゃうよお……」


 すると瑞希は、そう言って逃げるように両手で顔を隠してしまった。


 ……まあ、気持ちは同感だけど。でも、それの何が悪かったのだろうか……?

 イマイチ瑞希の行動が理解出来ず、俺は瑞希を諭しながら首を傾げたのだった。

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