その十二【衣装変化と定期テスト】
「今日からテストだね〜」
──対策バッチリだから自信あり♪
段々と夏の暖かさへと空気が変換され、桜の木が緑に染まりつつある平日の早朝。
長袖のワイシャツにベスト姿と昨日とは異なる姿の
瑞希の服装に少し気を取られながらも、俺は「そうだな」と相槌を打つ。
瑞希が言っている通り、今日から三日間は中間考査本番が学校で行われる。
そして瑞希はこの数日間珍しくテスト前勉強をしたためか、やけに余裕そうな調子だ。
……それで、テストもそうだがやはり視線は瑞希の服装へと吸い寄せられてしまう。
冒頭に言った通り、段々と夏が近づいており段々と暖かくなっている。
そのため、暑いからとブレザーを持参しなくなってきた生徒は最近チラホラと見かけてはいた。今日から瑞希もそうするようだ。
しかし、俺にとって瑞希のそれは大きな変化となっていた。
復縁するまでは瑞希の服装を気にしなくなっていたけど改めて変化を目の当たりにすると……なんとも言えない良さを感じる。
そんなことを考えながら、じっ、と服装を見るという危ない行為をしていたら、瑞希がそんな俺の様子に首を傾げた。
その視線の先を追いかけて、今日から自分が服装を変えたことに気がついたようだ。
それから瑞希は俯いて、モジモジとコチラの様子を伺うように上目遣いで見てきた。
──制服、ではあるけれど、少なくとも変じゃなかったらいいな……
「その服装も、似合ってるぞ」
不意打ちの可愛い反応に、俺は思わず頬を緩ませながら素直に感想を述べた。
そんな俺の言葉に、瑞希は「うん……」とだけしか返してくれなかった。ものの……
──よかった……
可愛いな、と思う。愛しさを感じる。
俺は瑞希から目を逸らし、緩みすぎてしまう口元を必死に引き締めるのだった。
□
「愁、手応えはどうだ?」
三日間のテストが全て終わった放課後。
腕を伸ばして体の硬直を解す俺に、前に座る
「勉強したからか、まあまあ手応えを感じたよ。拓也はどうなんだ?」
「俺もそんなところだ。今回はどっちが勝ってるんだろうな」
以前述べた通り、拓也はおちゃらけだ見た目とは裏腹に頭脳派で、成績は上の方。
それも、俺の点数に勝ったり負けたりするからか、謎にライバル視をしてくる。
拓也のそういう所を正直言ってしまうと、悪いけど結構いい迷惑ではある。
「評点を取るためのものなんだし、そこは別に重要な所ではないだろう」
「あいっかわらず冷めてんなあ。いいだろ?これくらいよ」
ため息を吐きながら返したら、そう拓也に仕方がねえなあ、とばかりに苦笑された。
仕方がない、と思うべき立場は、この場合どっちなのだろうか……
「しゅーくん!」
そんなことを考えて拓也を睨んでいたら、荷物を纏めた瑞希が駆け寄ってくる。
近づいてくることは脳内に響いたため予測できたけど、その姿を視認するとどうも頬を緩ませてしまう。
「いや、反応違いすぎね?」
そんな俺に拓也がそうツッコんで来たけど、長年の付き合いだしどうか許して欲しい。
「その感じ、中々の手応えらしいな」
ニコニコと陰りを見せない様子の瑞希に、俺はそう尋ねた。
脳内で分かってはいるけれど、拓也がいるし、瑞希の表情を見ると訊いた方がいい気がする。
「うん!」
──もしかしたらトップ30に入るかも!
そんな瑞希は、自信満々のドヤ顔で力強く頷いた。瑞希にしてはかなり珍しい表情で、それほどの手応えだったらしい。
「じゃあ、早速帰ってから自己採点しようか」
「──えっ?」
──自己採点?
「ん?」
自信満々なら、自己採点して早く確認した方がいいと思ったんだけど……もしかして。
「瑞希、問題用紙に解答を書いたか?」
嫌な予感がして直球にそう聞くと、瑞希は体を跳ねさせて視線を逸らしてきた。
ぎくっ、という擬音が聞こえてきそうだ。
──書いてない、どう誤魔化そう……
……なるほど。
誤魔化そうとしてても、この能力の前ではそれですら筒抜けだった。
頭をフル回転させてるであろう瑞希に、仕方がないなあ、と俺は苦笑する。
「……そういえば、今日は早く家に帰らなくては行けないんだった。瑞希、行こう」
「え?」
忘れかけていたが、今は拓也がいる状況。これ以上下手に発言するのはダメだ。
そう考えて、俺は急いで荷物をまとめて瑞希の手のひらを掴んだ。
「それじゃあな、拓也」
「は?お、おう……?」
「え、え?しゅーくん?」
突然の俺の行動に拓也は目を丸くしたものの、手を振り返したため俺は足を早める。
瑞希の方はパニック状態になっているし、早くこの場を出なければ……
そう思いながら、俺は瑞希の手に指をからませながら引っ張った。
□
その帰り道。無事学校から離れることが出来て、とりあえず歩を緩めることにした。
「えっと、しゅ、しゅーくん、急いで帰らなきゃいけないの?」
──急に手を握られてびっくりしたけど、それよりどうなんだろう……
引っ張っているうちに状況を整理したのか、瑞希が不安げにそう尋ねてきた。
脳内に響くことにしては……悪いと思っている。
で、どうやら嬉しいことに瑞希は俺との登下校の時間が好きなようだ。
急ぎの用があるならそれが短縮されるのでは、と不安になっているらしい。
「いや、会話が不自然になりかけてたから拓也から離れただけで、別に急ぐ必要はない」
「そ、そうなんだ……ん?」
──なら、別にいいけど……って、不自然?
俺が首を横に振って微笑むと、瑞希は安堵の息を漏らしながら『不自然』という言葉が何かにひっかかったようで首を傾げた。
どうしたのだろうか、と思いつつ瑞希の様子を見ていたら、「あっ」と突然瑞希が声を上げる。答えが出たらしい。
──しゅーくんって私の心読めるんだったぁ……!!
……忘れることが多いな、それ。
かなり重要なことだとは思うのだけれど、瑞希にとってはそこまでなのだろうか?
「ご、ごめん……自己採点してない……」
そんなことを考えていたら、瑞希が観念するように頭を下げてきた。
それを聞いて、そのことか、と俺は苦笑気味に瑞希に微笑む。
「それなんだけど、もし来週返される点数が良かったらご褒美をあげる、なんてどうだ?」
先程思いついたことだ。
この場合、すぐ確認できないなら、楽しみ?に取っておく、を選択すればいい。
だけど、これを提案しようとして、誤魔化そうとする瑞希との話がもし噛み合わなかったら、拓也がいるとなると不味い。
だから俺は瑞希を連れ出して走ってきた。
それをここで提案すると、瑞希がパッ、と表情を明るくさせた。
「いい案!なんでもいい?」
──頑張って勉強したから、とことんご褒美を貰いたい!
瑞希の反応が分かりやすくて、可愛くて。そう考えて頬を緩ませながら、俺は「できる範囲でな」と眉を下げたのだった。
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