その五【逆上せて】

 あれから、皿洗いを終えて。


 俺はこれから、なぜか須藤家で風呂に入ることになった。

 ちなみに、瑞希みずきとは小学生中学年までは偶に一緒だったけど……


 ……まあ、さすがに今の歳だと危なすぎるため別々で入る事に。


 なんだかかなり久しぶりに入る須藤家の湯船に入り、俺は考える。


 これ、瑞希の残り湯なのでは……?


 先程、着替えなどを取りに行く際に、瑞希が先に入るように促していた。

 須藤家に帰ってから数分したら洗面所から瑞希が出てきたため、恐らく入ったはずだ。


 で。今更ではあるけど、湯船に入ってからこれが残り湯な事に俺は気がついてしまった。

 まあ、我ながら気持ち悪いことだけど。


 ……やはり、異性の残り湯にはできるだけ入らない方が健全なのだろう。

 だけど、瑞希は恋人だ。恋人の残り湯に長い間浸かっていても、大丈夫なのでは……?


 ……どうしようか。



 □



 そんな下らないことを考えていたら、長く浸かりすぎて逆上せてしまっていた。

 さすがに入る時間が長すぎたからか、様子を見に来たかなめさんに発見されたのだ。


 要さんに体を拭かれて服を着せられ、俺はリビングのソファで横になっていた。


「大丈夫……?」


──なんで逆上せるまで入っていたんだろう……?


 心配そうに俺の様子を、ソファの横で屈んで覗き込んでくる瑞希。

 心に思ってることについては、さすがに恥ずかしすぎる為言葉にはできない……


 湯船から出て少し経ち、とりあえず落ち着いたため俺は「ああ」と頷いて体を起こす。


 起き上がった瞬間、またクラっとはしたけど……まあ、大したものではない。

 顔を変えずに小さく息を吐くと、気づかなかったのか瑞希はほっ、と胸を撫で下ろす。


「良かった……ふふ、しゅーくんってさ、所々がお父さんに似ているよね」


──なんでかは分からないけど♪


 俺の横に座りながら、ニコリと笑ってそう言ってくる瑞希。

 自然と体をくっつけて横に座ってきたため、別の意味で顔が熱くなってしまう。


 ……まあ、瑞希は無意識らしいけど。


 それで、要さんに似ていることか。

 体格は全く違うけど、確かに冷え性で、今回の逆上せやすい所などは要さんに似ている。


「あはは、そうかもな……でも悪いな。こんな情けないところを見せて」

「んーん、なんだかしゅーくんらしくて好き」


──大好き


 好意の言葉の連続攻撃に、俺はまた顔を熱くさせて「そうか」と相槌をうつ。

 そんな俺の反応を見て、瑞希はまた笑う。


──可愛い♪


「……どこがだ。瑞希の方が可愛いだろう」


 少し拗ねたようにそう言うと、「あ、ありがとう……」と瑞希が顔を赤くさせる。


──可愛いって言われた……嬉しい……


「……ほら。そうやって照れて喜んでくれるところとか、とても可愛いぞ」

「うぅ……」


──恥ずかしい……


 追い打ちをすると、瑞希が俯いて唸った。

 俯いた時に少し低くなる、黒く光る頭が可愛らしくて……俺はそれを撫でた。


「しゅ、しゅーくん!?」


──と、突然どうしたの!?


 瑞希が驚いたようにばっと顔を上げるが、俺はそれを気にせずに頭を撫でる。


 瑞希の黒い髪の毛はまだ少し湿っていて、その輝きを強調させていた。

 キューティクルは閉じてさらさらとしており、首あたりまで髪を梳くけど絡まらない。


──ん〜、気持ちいい……


 瑞希も最初は驚いていたものの、今は脳内通り気持ちよさそうに頭を手に委ねている。

 こちらとしても手触りがいい為気持ちよく、いつまでも撫でられる気がした。


──これ、好きぃ……


 段々と、瑞希の表情がとろんとしたものになってきていた。

 その顔を見るのは初めてで、でも見れるのが俺だけであって欲しいな、と思った。


「……さっきの。俺も大好きだからな」

「!? ……うん、ありがとう……」


──嬉しい……


 俺の行為の言葉に瑞希は一瞬驚いた顔を見せたけど、直ぐにまたとろんとした顔に戻る。


 その顔はとても可愛く見えて、撫でていたらずっと続くのだろうか、と思った。

 だから俺は、頭を委ねてくれる瑞希の頭を優しく、優しく撫でるのだった。


「……あっ」


 すると突然、瑞希の頭が倒れてきて、俺の腿の上に乗ってきた。


 手を止めてから耳を済ませると、「 すう…… すう……」という瑞希の息遣いが聞こえた。

 瑞希は眠ったようだ。それを確信して、俺は苦笑する。


 その寝顔は可愛らしくて、微笑んだ俺は再び瑞希の頭を優しく撫でたのだった。

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