第十九話【翌朝】

 翌日……つまり月曜日の朝。俺、立花愁たちばなしゅうはいつもより一時間早くに起きた。


 欠伸をしながら部屋を出て、洗面所で洗顔歯磨きをしたら、まだ誰もいないリビングに来る。

 いつものように自分、父さん、妹の千冬ちふゆの弁当を作って、寒い中洗い終えた洗濯物を干し、再度自分の部屋に戻って着替える。


 ……ここまではいつものルーティンなのだけれど、しかしここからは違った。


 部屋に戻ってからパジャマを脱いで、制服……ではなくジャージに着替た。

 それからまたリビングに戻る。ウエストポーチを取りだし、水分と怪我をした時用に絆創膏と消毒液、綿棒を少し入れて腰に巻く。


 ……察したと思うけど、昨日のデート時に決意したように今日から運動を始めようと思う。

 まあ、いきなり激しい運動は自分でも耐えられそうにないため、ウォーキングだけど。


 歩くルートを頭の中に思い浮かべ、玄関で運動靴を履く。ため息を吐いてドアを開けると……朝特有の極寒に襲われた。


「さっむ……」


 インナーウェアは来ているのだけど、やっぱり寒い。

 しかし、冷え性を改善するための運動でもある。意を決して、俺は足を踏み出した。



 □



 開始して15分が経った。とりあえず40分を目安に頑張っているところなのだけれど、心境を言いたい。

 かなりキツい。


 体は温まってきたから寒さには問題はなかったのだけど、単純に運動不足で早歩きを15分も続けるとふくはぎが悲鳴を上げていた。


 とりあえず近所の公園に設置されたベンチに座り、水を飲んで水分補給をする。

 自分で決めたことなので、少しでも足が回復したら再会しよう。そう思っていたら後ろからこちらに近づく足音がした。


「美優、やっぱこれ愁じゃね?」

「ホント?……あ、たしかに愁だ」


 聞き覚えのある声だったので後ろを振り向くと、学校で有名なバカップルがいた。

 見た目の紹介をしていなかったので、せっかくだし言わせてもらおう。


 彼氏側園拓也そのたくやは、茶髪をあげてワックスで固めている高身長の男だ。

 見た目的に体育会系と思われがちだけど、本当は頭脳派で、俺よりはかなりイケメンだ。


 彼女側は藤村海優ふじむらみゆう。黒髪を1つに纏めて肩に掛けている、元気系特有の笑顔を周りに振りまいている女子だ。

 こちらは完全に体育会系。帰宅部ではあるけど、たまに運動部に助っ人としてお呼ばれているらしい。


「随分とモノ扱いな言い方だな」

「ジョークだよジョーク。おっは〜」


 そう笑う拓也。長年の付き合いだし大して気にしてはいないのだけどね。

 隣に立っている海優もニッコリ笑い、軽く手を挙げて「おっはよ!」と挨拶を口にする。


「二人共おはよう。どうしてここに居るんだ?」

「二人でランニングしてるんだよ」


 早朝から一緒に行動しているとは、かなり仲のよろしいことで。

 ランニングってことは……拓也達の家は、ウチから比較的近いらしい。お互い家に遊びに行かなかったので知らなかった。


「で、そういう愁こそどうしたんだ?こんな早朝になんて初めて見たな」

「昨日に運動不足で散々悩んでな。今日からウォーキングを始めたんだ」

「あー……お前、去年のスポーツテスト悲惨だったもんな」


 拓也が憐れむような目でそう言ってきた。

 ……そういえばそういうのもあったな。


 今思い出したけど、今年のテストも来週には行われるんだった。かなり憂鬱だ。


 遠い目をしていると、海優が「そんなことよりさ」と置く。この話題はあまりしたくないので、正直助かった。

 ……しかし、何故海優はニヤニヤとした笑顔になっているのだろうか。


「須藤さんと愁がショッピングモールでデートしているのを見たって聞いたけど、本当なの?」


 助かったと思った俺が馬鹿だった。

 拓也も海優の言うことに目を見開いたけど、直ぐにニヤニヤとした笑顔になっている。


「……悪いか?」

「肯定するとは珍しく素直じゃないの。さてさて、kwskくわしく

「……詳しくも何も、ただ買い物に付き合った。そしてついでに映画見に行っただけだ」


 ため息混じりに事実を話すと、二人のニヤニヤは何故か深まるばかりだ。

 その顔が癪で、俺は二人を睨む。


「拓也さん拓也さん。これって完全にデートですわよねえ?」

「そうですわね海優さん。もうお二人共付き合っちゃえばいいのに、ねえ?」

「そんな揶揄やゆするように言っても、どちらも否定しないからな。じゃ、俺はそろそろ行くよ」


 「「え?」」と素っ頓狂な声を二人はあげたけど、それを気にせずに俺はウォーキングを再開する。

 なんとなく、してやったりな気持ちになった。



 □



 なんとか合計40分ウォーキングをして、水を飲みながら俺は家のドアを開ける。

 すると、階段を降りてきていた母さんがこちらに気づいた。


「あら愁、おはよう。どこ行ってたの?」

「おはよう、ウォーキングだよ。そろそろ自分の運動不足を解消しなくては、と思ってな」


 そう言いながら、ジャージのジッパーを下ろして靴を脱ぐ。


「……ちょっと待って、今日何時に起きたの?」

「五時半だけど……?」


 どういう意味かと首を傾げて振り返ると、母さんは眉と口角を下げていた。


「それなら朝は私が家事やるのに……」

「いや、母さん夜勤の時あるし悪いよ。早く起きた分 早く寝てるんだし」

「そう?でもさすがに早すぎるし、洗濯物を干すことだけはやらせてくれない?」


 断ったらさらに心配してきそうだし、俺は頷いて感謝の言葉を口にした。

 「シャワー浴びるよ」と言いながら洗面所に入り、脱いだジャージをカゴに入れた。


──ん〜!よく寝た〜!


 その時に幼馴染の須藤瑞希すどうみずきの声が聞こえて、反射的に瑞希のいるであろう方向に顔を向ける。

 しかし視界に広がるのは、今閉めたばかりのスライドドア。……この癖は人前だと不自然だし、ヘマを外さないように治しておこう。


──昨日お母さんが言ってたこと、一晩考えたけどやっぱりよく分からなかったな。


 少し予想外の心の声に、インナーを脱ぎながら意識を脳内に集中させる。

 昨日、か。……宣言通り、俺は早めに睡眠している。睡眠中は、もちろん心の声は聞こえても覚えてはいない。


 それだけなら別に気にすることも無いのだけど、瑞希のお母さん……つまり、しずくさんに言われたこと、だ。

 昨日の電話の件があるし、やけに気にしてしまう。


──……まあ、しゅーくんに直接訊けばいいのかな。私自身の問題だとは思うけど、しゅーくんにも関係するし


 その内容が分からないだけにすごく気になってきた。俺に関係する事……昨日の一件にも関係することなのだろうか。




──私がしゅーくんの事が好きって言う気持ちが、それだけじゃないはず……それって、本当にどういうことだろう



 案外すぐに答えはでたけど、予想外すぎる疑問で浴室に踏み入れた足が滑ってしまった。

 それによって俺はバランスを崩し、体が後ろに傾いていく。


<ドォン!!>


 絨毯も何も敷かれていない床に頭が落下し、激痛が走った。


「いった……」


 かなりの激痛だったけど、幸い、意識を失ったり記憶障害にはなっていなかった。


──その前に、もう一回お母さんに聞いてみよっと


「──ッ!?」


 しかし、一つだけ異常があった。

 いつものように、瑞希の声が脳内に響いた……それはまあ、よかった。


 ただし、響いた途端に再び頭に激痛が走ってきていた。

 それも、今さっき頭をぶつけた痛みより、更に強い痛みだ。


「愁!?すごい音鳴ったけど大丈夫!?」


 しゃがみこんで頭を抱えていると洗面所のドアが開かれ、母さんの焦りと驚きの顔を覗かせた。

 母さんは俺の姿を捉えた途端、血の気が引いたように顔が青くなった。


 母さんは駆け足で俺に近づく。


「愁、歩ける……?」

「え……?あ、ああ……」


──え〜……自分でって言われても分かんないよ〜……


「ッ──!?」

「愁!?」


 また激痛が走り、俺は声にならない悲鳴をあげ蹲った。

 続く激痛に段々と目眩がして、母さんの声が耳に響く中、俺は意識を失った。

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