第十八話【協力者】

「……え?」

「おっと?」


──しゅ、しゅーくん……?


 俺、立花愁たちばなしゅうの事を、須藤瑞希すどうみずきとその母親しずくさんは目を丸くして見てきていた。

 それに追い打ちを掛けるように、俺は微笑んで更に口を開く。


「俺も、瑞希のことが''好き''なので」


 ……もちろん、俺が言っているのは瑞希が俺に対して向ける[好き]とは違う[好き]だ。


 それを瑞希に分からせる。今回、俺がした決意はこれだ。……経験がほとんどないから、これ以外に方法は思いつかなかった。


──しゅーくんが好きって言ってくれた……復縁してから初めて言ってくれた……


 ……自分と同じ好きじゃないということは、瑞希にはまだ分かっていないらしい。


 ……ただ、キッチンからこちらの様子を見ていた雫さんだけ、俺の''好き''の意味を分かっていたようだった。

 黙ってくれてはいるものの、ニヤニヤした笑顔がすごい。


「あ、ありがとう……」


──嬉しい…


 その理由で喜ばれても、俺としては困る。

 俺は微笑みを、更にこう言った。


「昔の落ち着いた雰囲気で、自然に俺の心を穏やかにしてくれた瑞希も。

 今の明るい表情で、心から楽しくさせてくれる瑞希も、どちらも好きです。


 なので、瑞希も俺のことを好いてくれるのはとても嬉しいことですよ」


 俺のほとんど告白みたいなセリフに、雫さんは口を抑え顔を背けた。


 相手の母親の目の前で告白まがいなことをするのはかなり恥ずかしいけど、恋愛音痴な瑞希に分からせてあげるためには我慢できた。


「私も、ずっと大好きだったしゅーくんから好いて貰えるなんて、とっても嬉しい!」


──同じ気持ちなんだね!


 ……作っていた微笑みを、思わず崩しそうになってしまった。


 ……はあ。これ以上は言っても無駄になりそうなので、俺はそれ以上[好き]と言わずに次の機会に託すことにした。



 □



 あの後。夕方になって俺は家に帰った。

 夕飯は母さんが作ってくれるとのことなのでそちらに任せて自分の部屋に入ると、スマホがけたたましく鳴り響いた。

 見ると、雫さんからの電話だった。


 通話開始ボタンをタップし、耳に当てる。


「〝もしもし、愁くん?〟」

「はい。なんでしょうか、雫さん」

「〝えっとですね。少し積極的に行くようになったな〜、と思いまして〟」


 揶揄からかうような言葉選びの割には思ったよりも真面目な口調で、俺はため息を吐きながら答えた。


「そろそろ虚しくなってきただけですよ」

「〝まあ、たしかに瑞希は相当の恋愛音痴ですからね〜。誰に似たんでしょう?〟」


 雫さんと瑞希の父親、要さん付き合うようになった経緯は知らないから誰の遺伝かはわからない。

 そう思って無言を貫いていると、雫さんは「……こほん」とわざとらしく咳払いをした。


「〝……とりあえず。愁くんのやりたいことは、瑞希にアプローチをして、彼女に恋愛感情というのを芽生えさせてあげたい……ということですね?〟」


 天然で抜けた雰囲気なところはある雫さんだけど、ちゃんと見ているようだ。

 気恥しさを覚えつつも、「はい」と答えて続きを待つ。


「〝ふむ、いいんじゃないでしょうか?それなら、私も少し瑞希を揺さぶっておきますよ〟」

「え?いいんですか?」

「〝愁くんならもちろんですよ。寧ろ、あれだと将来が心配になりますので〟」

「そ、そうですか……」


 なんだか、母親に将来を心配されている瑞希が少し可哀想に思えてきた。

 学校では大人気なんだけどな、瑞希。


「〝そういう事なので、こちらは任せておいてくださいね〟」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「〝こちらこそ。では〟」

「はい。また」


 そう言って通話を切る。

 急な電話だったけど、 相手の母親が協力者?になる事はとても心強い。


「……あれ?」


 そう思いながらスマホを眺めていたら、通知が来ていることに気がついた。

 確認すると、瑞希の友達である神崎陽菜子かんざきひなこから【言った通り詳しく訊かせてもらうよ。とりまグル参加よろ】とメッセージが来ていた。


 ホーム画面に戻ると、確かにとあるグループに招待されている。メンバーは神崎と、同じく瑞希の友達である若林天月わかばやしあづき


 言われた通りグループに参加すると、直ぐに二人からメッセージが届いた。


:ひな:

【さてさて〜……瑞希ちゃんとの事について詳しく聞かせてもらうぜ〜?】

:あづき:

【……なぜ私も巻き込まれているのでしょうか……】


 感情的に書かれているメッセージに、さすがJK……と驚きながらも、俺はディスプレイに指を滑らせメッセージをうちこむ。


:しゅー:

【とりあえず、詳しくって言っても具体的にどう説明すればいい】

:ひな:

【瑞希ちゃんを恋愛対象として見てないかってきいた時さ〜】

【否定せずに、元々そういう性格だって言ってたじゃん?】


 昼頃のことを思い出す。たしかにそう言ったし、意図的にそうしたのも覚えている。

 スマホに視線を戻すと、新しくメッセージがあった。


:ひな:

【そこで思ったんだけどさ〜】

【立花くんって瑞希のこと好きなの?】

:あづき:

【陽菜さん、そんなドストレートに訊かなくても……】


 神崎の攻めた質問を書かれたメッセージを見て、俺は少し考える。


 まず、もう瑞希に対して半告白してるも同然だし、この好意を隠そうとは思ってない。

 加えて、雫さんと同じく協力してくれるなら……中々いいかもしれない。


 そういう考えに至り、俺は羞恥などの躊躇もなくメッセージを打ち込んだ。


:しゅー:

【好きだけど】

:ひな:

【お?】

:あづき:

【え?】


 俺がメッセージを送信すると、直ぐに同様のメッセージが帰ってきた。

 神崎はご丁寧に「おやおや?」と言っている花のキャラクターのスタンプまで。


 しばらく、メッセージのやり取りが続く。


:しゅー:

【……悪いか?】

:ひな:

【いやいや!寧ろこれはとくダネでっせ!】

:あづき:

【なんですかその言い方は……立花さん、言っても良かったんですか?】

:しゅー:

【じゃなかったらわざわざ言っていない】


:ひな:

【告白するのかい!?】

:あづき:

【陽菜さんは少し踏み込みすぎです。】

:しゅー:

【いずれする予定はある】

【だけど、瑞希はまだ俺を恋愛対象として見ていない】


:ひな:

【断言しちゃったね〜】

:しゅー:

【これでも12年も幼馴染はしていない】


 本当は脳内に響く声の影響が大きいけど。


──しゅーくん、無理してでも持ってくれてたよね!


 意識を瑞希の家の方に向ける。俺の名前が出ているし、一人今日のデートを思い出すかいるか雫さんに話すかしているのだろう。


 少し嬉しさと恥ずかしさを感じつつも、再びメッセージに視線を戻す。


:ひな:

【定番だね〜幼馴染!】

【ただ結ばれないとも有名だ】

:あづき:

【陽菜さん、不安を煽るような事を言わないであげてください。】

:しゅー:

【まあ、頑張るよ】


 ツッコミしかしていない若林に同情の念を送りつつ、俺は苦笑する。


 ……そして、ここで俺は勝負に出た。


:しゅー:

【そこで二人にお願いなんだけど】

:ひな:

【おろ?】

:あづき:

【はい?】

:しゅー:

【瑞希と俺との仲を取り持ってくれないか?】


 そのメッセージを打ち込み、俺は二人の答えを待った。

 恐らく、二人とも目を見開いて俺のメッセージを見ているんだと思う。


 暫くして、二人からの答えが出た。


:ひな:

【もちろんさ!でも立花くんにそんな熱い一面があるとは……中々に意外だねえ】

:あづき:

【陽菜さん、少しずつ喋り方がおばちゃんになってますよ。】

【立花さん、私で良ければですが、承らせていただきます。】


 そのメッセージを見て、俺は胸をなで下ろした。

 正直、瑞希は大勢の男から言い寄られているのを二人は知っているはずだから、先程から軽蔑されるのではと心配していのだ。


:しゅー:

【ありがとう。恩に着るよ】

:ひな:

【大丈夫さ!応援するよ!】

:あづき:

【上に同じです。頑張ってくださいね。】

:しゅー:

【おう】


:ひな:

【じゃ、さっそく作戦会議と行くかい?】

:しゅー:

【いや、いい。明日はまた俺一人でやって、様子を見たい】

:ひな:

【りょーかい!】

:あづき:

【了解しました】


 スマホの電源を落とすと、階段下から母さんが呼ぶ声がする。晩飯みたいだ。

 三人の心強い協力者?を得た俺は【NEXT STAGE】と言いたげに鼻から息を吐いて、部屋を出た。

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