第十五話【幼馴染とデート(?)③】

 俺、立花愁たちばなしゅう須藤瑞希すどうみずきと共に、次の服屋へと向かっていた。

 しかし……


「なあ、瑞希」

「うん?なーに?」

「……そろそろ勘弁してくれないか」


 7つの袋を持ち上げて、俺は苦笑しながらそう言った。あれからもう二軒……つまり、合計三軒の服屋を回った成果だ。

 恋愛脳の藤村海優ふじむらみゆうが言う理想の男だとまだまだ持てるのだろうけど、運動神経が絶望的な俺ではもう限界が近い。


 ……今度から少し運動をしよう。絶対に。


 瑞希はきょとんとした顔になって、俺の腕に視線を下ろす。少しフリーズした後、あわあわと取り乱しだした。


「ご、ごめんね!?もつよ!」

「ごめんな……」


──しゅーくんの気持ちに気づかないなんて!?私のバカバカバカ!!


 いや、別に瑞希が楽しそうだったしいいんだけど……

 慌てた様子で差し出された手に、俺は一袋だけ手渡す。……俺、かなりダサいだろうな。


「本当にごめんな……」

「なんでしゅーくんが謝るの!?」


──悪いのは私なのに!?なんで!?


 ……これ以上謝ると逆に怒りそうだし、やめておこう。本当に優しい少女だと思った。

 そんなことを考えながら、左腕をなんとか動かしてカーディガンの袖を捲り、腕時計を確認する。


「……あれ?しゅーくんってインナー着てるの?」


 そう言って、瑞希が俺の右腕を覗き込んできた。かなり近い。

 言っていなかったけど、俺はカーディガンとラフケージTの下に、更にインナーウェアを着ている。


「ああ、寒いからな」

「寒い……?あ、そういえばしゅーくんってお父さんと同じでかなり冷え性だったよね」


──昔、冬にしゅーくんがコタツに入ってても顔が真っ青だったっけ


 そのエピソードは忘れていただきたい……


 ……そう、俺はかなり?……いや、極度の冷え性だ。

 四月が下旬に差し掛かってきたこの時期でも、何故か冬の寒さを感じてくる。


 ……基礎代謝上げるためにもやっぱり運動しよう、うん。


 余談だけど、瑞希の言っている通りかなめさんも極度の冷え性だ。ガタイいいのに……


「そうだったな……それより、そろそろ昼時だけど、飯にするか?」


 一つのセコい楽しみを期待しながら瑞希に訊いてみる。瞬間、瑞希は頬を赤く染めた。

 両手の人差し指を胸の前でツンツンと合わせ、モジモジとしだした。


「えっと、その……そのことなんだけど……」

「うん?」


 何を言いたいのかは完全にわかりきっているのだけど、瑞希の口から直接聞きたい俺は意地悪に微笑んで続きを促す。


「実は……サンドウィッチを、作ってきたから……それ、食べよ?」


 先程から激しく動かさないようにされていたショルダーバッグを持ち上げて、上目遣いに言う瑞希。

 そのバッグにサンドウィッチが入っているのは、少し想像し難いところではある。


 それはさておき、瑞希の手料理は食べたことがないので、このサプライズ?は俺としてはかなり嬉しい。

 今朝、脳内に響いてきた時はかなりテンションが少し上がってしまい、妹の千冬ちふゆに異物を見る目で見られてしまったものだ。


「本当か、ありがとう。楽しみだな」

「! う、うん!それじゃ、いこ?」

「おう」


 現在三階にいる俺たちは、フードコートのある1階へと足を進めた。



 □



 エスカレーターで一階に降りてから、フロアを見渡す。


 いくつも並ぶ飲食店と、それに囲われるように設置された座席。

 席はかなり多く設置されているのだけど、日曜日だからかかなり埋まっていた。


──空いてるかな……


 瑞希を見ると、不安そうな顔をして同じくフロアを見渡していた。


 少しすると、左右に動かせていた首を固定させる。そして顔を輝かせる瑞希。


──あった!


 彼女の顔が向いている先に視線を移すと、結構遠くに空いている席があった。


「あったよ!」

「本当か」


 「こっち!」と俺の腕を取ってかけ出す瑞希。俺は驚きながらも、人にぶつからないように袋を何とか動かして着いていく。


 席に着き、瑞希が上機嫌のまま座る。そんな瑞希に苦笑しながら、6つの袋を置いて俺も座った。


 瑞希はショルダーバッグをテーブルに乗せて、中を漁り出した。本当にサンドウィッチが入っているのが想像できないものだ。


 そんなことを考えているうちに、瑞希は二段弁当箱を取り出した。縦長の弁当なのでショルダーバッグにも入ったらしい。

 瑞希は二段の弁当を横に並べて、蓋を開ける。中を見ると、ミニサイズのサンドウィッチが綺麗に並べられていた。


 ウエットティッシュを渡されたのでそれで手を拭き、「いただきます」と手を合わせる。

 早速一枚取り、口に放り込むと…


美味うまい……」


 これに尽きた。食レポなどは出来ないけど、絶妙に味付けされたツナとグリーンカールは本当に美味しい。


 俺が不意に言ったその言葉で、不安そうな顔で見ていた瑞希は顔を輝かせた。


「本当!?」

「ああ、美味いよ」

「やったっ!」


──よかった〜!


 瑞希は胸を撫で下ろし、自分もサンドウィッチをつまんで食べ始めた。



 □



 ハムハムと行った感じで二人で黙々と食べていると、あっという間にサンドウィッチを食べ終えてしまった。

 俺はお腹を摩り、満足気に息を吐いた。


美味うまかった」

「ありがとう。……また、作るね?」


──作っていいのかな……


 不安げに訊く瑞希。まだ俺の言っていることが本当なのか分かっていないらしい。


「ああ、ありがとう。次も楽しみだな」


 それでさすがに本当だと思ったのか、瑞希は「うん!」と元気に頷いた。

 その時だった。


「……あれ?瑞希ちゃん?」

「はい?」


 俺は瑞希が納得したのに安心していると、真後ろから二人の女性の声がした。

 急に瑞希の名前を呼んだため、俺は反射的に振り向く。


「あれ?陽菜ちゃんにあづちゃん?」


 瑞希がそう呼んだ二人の女性は見覚えがある顔だった。瑞希とかなり仲の良さそうな子たちだ。


 その女性は前後に並んでいて、前に並んでいるのは声をかけてきた神崎陽菜子かんざきひなこだ。


 高二女子の中では比較的身長が高く……寧ろ男子の俺より高いのが第一印象。

 茶髪をポニーテールにして、元気な雰囲気の女性。顔も整っており瑞希に負けず劣らずという感じだ。

 先日、俺と瑞希が一緒に帰ろうとしたところを見てニヤニヤしていた事から、恐らく美優と同じ恋愛脳なのだろう。


 そして後ろ。神崎が瑞希に気づいた時に素っ頓狂な声を出していた若林わかばやし 天月あづき


 こちらは中性的な顔立ちから現れる、柔らかい微笑みが第一印象。

 黒髪をハーフアップにして、神崎とは対照的に大人しくも凛々しい雰囲気の女性だ。

 しかし、話しかけづらそうなことはなく、逆に話しかけやすい雰囲気ではある。


 ……そういえば、美優と園拓也そのたくやの外見を説明していなかったな……今度話す時にでもしようか。


「やっほー!奇遇だねえ」


 神崎が手を上げて、かなり慣れ親しんだ話し方で挨拶してくる。その隣で若林も「こんにちは」と頭を下げてきた。


「なんで二人がここに?」

「この間、映画を誘ったじゃありませんか」


 何故か敬語の若林が呆れた感じでそう返した。瑞希は「そうだっけ?」と首を傾げるばかりだ。


「忘れたの!?彼氏の幼馴染がいるからってひどいよ!」

「かかかかか彼氏!?」


──しゅーくんが、かか、彼氏!?


 心が色々とピュアな瑞希でも、神崎のこの言葉には流石に顔を赤くしてしまうらしい。

 ……まあ、俺もこの誤解には顔を熱くてしまうのだけど……


「あれ?違うの?」

「……陽菜さん。本人に確認を取っていないのに断言していたのですか……」


 キョトンとした顔で訊いてくる神崎と、そんな神崎をまたもや呆れた顔で見る若林。勝手に断言されていたのか……

 ……まあ、なるほど。天然の瑞希とボケの神崎、そしてその二人をツッコミで制御する若林と、バランスは良いらしい。


「彼氏くん、どうなの?」

「か、彼氏じゃないよ!?」

「……ああ。瑞希の言う通り、俺と彼女は付き合ってはいないよ」


 平静を保ちながら、俺は神崎の誤解を訂正する。

 すると神崎は「ほぉ〜」と顎に手を当て、前かがみになって俺を覗き込む。別になんとも思わないが、少し顔が近くないだろうか。


「素っ気ないねぇ〜……瑞希ちゃんの事、恋愛対象として見てない感じ?」

「え?」


──恋愛対象って?


 ガッカリではなくて普通の疑問を浮かべる瑞希に内心苦笑しながらも、俺は神崎に言う。


「元々俺はこういう性格なんだよ。瑞希、そうだろう?」

「え?あ、うん」


──たしかに、しゅーくんが慌てたところってあんまり見たことがないかも……?


 ……一応内心慌てることは結構あるのだけれど、まあ表にはあまり出さないし黙っておこう。


「ほほう……?」


 すると神崎は意地の悪い笑みを浮かべて、何故かスマホを取りだした。


「それならごめんよ。お詫びに連絡先交換してくれないかね?」

「え?あ、ああ」


 どういう経緯があってそうなったのかは分からないけど、別に構わないので俺はスマホを取り出して神崎と連絡先を交換する。

 神崎はスマホを少し弄り、そしてしまった。すると、俺のスマホに通知がくる。


:ひな:

【よろしく〜!気軽にひなって呼んでね!それと、今度瑞希ちゃんとの事について、詳しく聞かせてもらうよ!】


 詳しく……?まあ、あまり他言しない方がいいだろうし、【よろしく】とだけ送って無言でスマホを仕舞おうとした。


「あ、立花さん。私もいいですか?」


 仕舞おうとしたのだけど、若林にそう言われたので了承して交換する。

 少し若林がスマホを弄り、俺のスマホに通知がくる。


:あづき:

【よろしくお願いします。瑞希さんの事、よろしくお願いしますね。】


 幼馴染なのだけど……まあ、異性ではあるし心配なんだろう。

 【わかった。よろしく】と送り、今度こそスマホを仕舞う。


「んじゃ、私たちはもう行くね〜。ばいばいっ!」

「さようなら。また学校で」


 そう言って神崎と若林は去っていった。若林はともかく、神崎は癖の強い人だったな…


「ご、ごめんね!」


──陽菜ちゃん……


「ああ、大丈夫だ」

「ありがとう……それと、ね」


 用件は分かっていたので、瑞希に見えないようにスマホを取り出す。


「えっとね……私とも、連絡先交換してくれないかな?」


 実を言うと、中学生になってから……つまり、疎遠になってから俺はスマホを持たされたので、瑞希と連絡先は交換していない。


「いいぞ」

「ほんと!?」


──やった!


 瑞希とも交換を果たすと、瑞希は先程の二人と同じくスマホを弄り出す。

 ……あ、そういえば、瑞希が他の生徒にメッセージを送る時もその内容が脳内には響いてくるんだった。


:みずき:

【よろしくね!これからも!】


 それだけ書かれていたけど、実は結構深い意味が込められている。

 【ああ、これからもよろしく】と意味を少なからずとも理解しているように送信する。


「じゃあ、次はどうするんだ?」

「んーっとね……」


──どこ行こうかな……


 さすがにこのまま帰るのは寂しいためそう訊くと、瑞希は考え出してくれた。

 やがて脳内に候補が上がり、瑞希がそれを口にする。


「映画に行きたいな!」

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