第九話【幼馴染が家に】
あれから、数日が経った。
あの教室での騒動の時の瑞希のセリフで、''
そのセリフは聞いていなかったが、恐らく俺からすると気恥しいものだったのだろう。
「愁もすっかり有名人だな〜」
「あまり嬉しいものでは無いけどね……これまで通り静かに暮らしたいものだ」
「それは無理だろ〜。あれから須藤さん、お前にベッタベタだもんなぁ」
ベッタベタ?というのはよく分からないが、たしかにほとんどの時間話しかけてくるようにはなっている。
それも有名になっていて、一人でいる時も男子達からの視線がとても痛い。
ただ、今目の前にいる男
そのため、平和に暮らせてはいるのだが……暴力男の事件がなかったらどうなっていたのだろうか……
今こそ恨んでいるけれど、俺と瑞希の関係を継続する要因にはなっているのかもしれない。
「しゅーくん♪」
「お、噂をすれば」
そんな話をしていたら、瑞希が上機嫌の様子でこちらに来た。
それを見て拓也はニヤニヤした顔で俺を見てくるけど、勘弁して欲しい。
「どうした?」
「一緒に帰ろ♪」
今は放課後。瑞希が他の生徒達からの誘いを受けている隙に拓也と話していたけど、どうやら全部捌いてしまったらしい。
──しゅーくんとじゃなきゃ帰りたくないもん
先程こんな声が脳内に響いた時はかなり顔が熱くなってしまった。本当に困った幼馴染である。
「わかった。じゃあな拓也」
「おう、楽しんできな?」
「その表情を止めてくれないか……」
ため息を吐きながら立ち上がる。
瑞希と一緒に教室を出たけど……扉近くにいる女子から生暖かい目で見られている。
──……なんだろう。
多分だけど君が俺と幸せそうに歩いているからだよ。
陽菜ちゃんというのは
……別にそんな生暖かい目で見られても、色恋話とかそういうのはないんだけどな……
俺はもう一回ため息を吐いて、瑞希と一緒に廊下を歩き出した。
□
「しゅーくん」
「どうした?」
帰り道。もう少しで家に着く距離のところで、瑞希に声をかけられた。
先に脳内に響いているので用件は分かっているんだけど……些かこれは大丈夫なのか?
「明日の休み、しゅーくんの家に行っていい?」
「……
二回目の説明だが、雫さんとは瑞希の母親だ。
昔は当たり前のようにお互いの家に行っていたけれど、雫さんからすれば娘は今やJK。
いい歳の娘に男の家へ送るのは大丈夫なのだろうか……と心配にはなるものだ。
「あ、うん。今訊くね」
瑞希がスマホを取り出して弄り出す。雫さんに連絡しているのだろう。
十数秒経つと、瑞希が顔を上げた。
「いいって」
「早いな……」
何が早いって、そんなに時間が経っていないのにもうOKが出たこと。……そういえば、雫さんも瑞希と同じで天然なんだった。
「わかった……うちの母親にも言っとくよ」
今度は俺がスマホを取り出し、母さんに瑞希が来ることを伝える。数秒後、こんな返信が来た。
:母さん:
【あらあらあら!?瑞ちゃんくるの?今度は普通に遊びに来るのね?いや〜懐かしいわ〜!お邪魔虫達は明日出かけるけど、くれぐれも襲っちゃ ダ・メ・よ?】
やかましいわ。というか、時間の割に長すぎないだろうか。
……いや、ちょっとまて。母さん明日出かけるのか……冗談だろ?
「……母さん出かけるみたいだけど……大丈夫か?」
「え?何が?」
「いや……俺の家、明日は誰もいないぞ……?」
──しゅーくんと二人きりってこと?
……何故瑞希は、真顔でそんな事を考えることが出来るのかわからなかった。
いや、二人きりなんだ……さすがにわかってくれるよな?
──二人きり……二人きり……
「大丈夫だよ?」
「そ、そうか」
俺は頭を抱えた。瑞希は考えてはみたみたいだけど、結局どういう意味か分からなかったらしい。
……頭を撫でられたのは恥ずかしいのに、これは恥ずかしくないとは色々と複雑でピュアな心だ。
「楽しみだな〜」
「……そうだな」
俺は相槌をうって、遠い目でまだ青い空を眺めた。
□
「じゃ、行ってくるわね〜」
「ああ……行ってらっしゃい……」
次の日の朝。
まさかの本当で母さんが出かけて行っちゃったんだけど……父さんは仕事、妹の
……考えても仕方が無いのでリビングに戻り、ダイニングテーブルに昨日作っておいたクッキーとカップを出す。
それから、カップにミルクを入れてレンジにセット。これは苦いものが苦手な瑞希が飲むものだ。
もう一つのカップに紅茶を淹れて、それを啜って俺は瑞希が来るのを待った。
紅茶を啜りながら、昔瑞希と遊んでいた頃のことを思い出す。
今と違い、小学生の頃の俺は瑞希と一緒で本を読むのが好きで、二人で本を読んで静かにすごしていた。
お菓子を食べながらその静かな時間を過ごすのが心地よく、とても幸せだったのを覚えている。
……今思い出したんだが、一緒に本を読む時の体勢結構すごかったな……背中を合わせたり、横並びで寝転んだり……
高学年くらいになると、胡座をかいた俺の上に瑞希が乗って一冊の本を一緒に読んだり……ダメだ、やめておこう。
<ピンポーン>
頭を振ると、インターホンがなった。
俺は脳内に響く声で瑞希だと言うことを確認し、レンジのボタンを押してから玄関の扉を開けた。
「来たよ〜しゅーくん!」
ドアを開けると、
……休みの日だから当然私服のはずなのに、想定外だ。瑞希の私服姿はすれ違い以外では小学生以来に見る。
白のブラウスにデニムのスリムパンツ。
比較的体型が出てきやすいその服装は、瑞希のスラリとした体を際立たせている。正直言うと目のやり場に困るけど……
そして髪型は結ばずのロングヘアー。しかし水色のカチューシャを付けて、顔も相まって年相応に見え愛おしい。
全体的には……服装音痴だから上手くは言えないが、動きやすい服装の美少女……?という印象である。
「しゅーくん?」
「ああ、おはよう。久しぶりに私服見たけど似合ってるな」
素直な気持ちを述べると、瑞希はキョトンとした顔になって視線を下に落とす。
直に顔を上げると、頬をほんのり染めて満面の笑みを作った。
「ありがとう!しゅーくんのも似合ってるよ!」
──しゅーくんに褒められるのってなんか嬉しいな♪
喜んでくれたのなら何より。でも…俺の服装、似合ってるのか?
さすがにスウェットなどのガチな部屋着ではないけど、白のロンTに黒のジーンズと至ってシンプルなもの。普通な気がする。
……それにしても寒いな。あとでジャケットを着よう。
「とりあえず入りな。クッキーを作っておいた」
「ありがとう!…え?''作っておいた''?」
……あ、中学の頃から菓子作りを趣味にしているんだが、瑞希には言ってないんだった。
キョトンとする瑞希に趣味と言うと、瑞希は笑みを作った。
「すごいよしゅーくん!家事といい女子力の塊だね!」
──羨ましいなあ……
……全く嬉しくないんだけど。
まあ、褒めてくれてるなら素直に受けとった方がいい。「ありがとう」と礼を言って、俺は瑞希を家に招いた。
「おじゃましま〜す」
さて、二人きりだけど平和に平和に……
復縁したばかりで理性を失っては、逆に絶縁されるかもしれない。俺は瑞希の見てない隙に頬を叩いて、ドアを閉めた。
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