第八話【男の結末】

 俺、立花愁たちばなしゅうは目を覚ました。疲れていたのか、ぐっすり眠れた気がする。

 目を擦りながら目覚まし時計を見ると、セットしている時間から一時間の時間になっていた……………


「──寝坊した!?」


 急いで朝食を作ろうと布団を飛ばした瞬間、二の腕から痛みが走る。冷やしていたがまだ痛みは残っていたらしい。

 昨日夜だったから病院には行けていなかったが、今日は行ったほうがよさそうだ。


 そんなことより、家事は俺がやることだ……足の痛みも我慢しながら、俺は自室を出た。


「あら愁、おはよう」


 階段を降りてリビングに来ると、既に母さんがいて俺は眉を下げる。


「ごめん。寝坊した」

「いいのよ、いつもありがとうね。弁当は私が作っておいたから」

「……ありがとう」


 母親に申し訳ない気持ちになりながら、既に用意されていた朝食を食べる。

 それにしても、母さんの弁当か……久しぶりだし、楽しみだ。


「怪我は大丈夫かしら?」

「微かに痛みが残っているけど、問題ないよ」


 ……そういえば、あいつはあの男たちと『絶縁する』とか言っていたけど、どうするつもりなんだろうか。


「そう。昨日学校にクレームは入れておいたから、今日はもう大丈夫だと思うわ」

「……わかった」


 その前に学校からの制裁が来るらしい。

 まあ、そりゃそうか。暴力を振るうのは良くないからな。



 □



「行ってきます」


 朝食を取った後、学校の支度をした俺はドアを開けた。

 「いってらっしゃい」と言われてドアを閉め、家の前で立っている幼馴染を視界に収める。


「おはようしゅーくん!」

「おはよう」


 須藤瑞希すどうみずき、俺の幼馴染。

 これから、本当に毎日瑞希と登校することになるのだろう……少し楽しみではある。


「昨日の怪我は大丈夫?」

「一応。だけど今日病院に行こうと思ってる」

「私もついて行っていい?」


──原因は私だもん。いかなきゃ……


 別に気に病む必要は無いが、瑞希の性格上断った方が傷つくので頷いた。

 すると瑞希は顔を輝かせる。この辺りは昔と変わらないようで安心した。



 □



 まだまだ残っている昔話をしながら、俺と瑞希は教室に入った。

 登校時、やはり学校に近づくにつれ視線を感じたが……何も考えない方が良さそうだ。


 ふと、昨日暴力を奮ってくれた男が視界に入る。男はこちらを睨んできているが、制裁を受けるのはあっちなので視線を瑞希に戻す。


 瑞希と別れて自分の席に座ると、園拓也そのたくやがニヤニヤと笑いながら振り向いた。


「もう慣れたかい?人気者幼馴染との登校」

「二回目なのに慣れるわけがないだろう……まあ、瑞希がしたがっているし我慢するよ」


 我慢我慢と言っているが、実際言うと俺がしたかったというのはあったりなかったり…。

 暴力に関してはほぼ自己満足で我慢したものの、言っちゃった以上あんま我慢する必要もなかったけと。


 俺の言葉を聞いた拓也は、意外そうに目を見開いた後再び笑う……先程よりも深い笑みだ。


「須藤さんからとは、愁くんも愛されてるねえ……」

「言ってろ。別にそういう関係ではない」


──……しゅーくんをいじめた人……


 急に脳内に声が響いたので横目に瑞希を見ると、さっきの男が近寄っていた。

 しかし、瑞希は男を睨んでなにやら言っている様子。


 男は段々と顔が青ざめていく。そして俺を睨んだかと思うと、今度は赤い顔でこちらに近づいてきた。


「……なあ拓也、ちょっと護衛頼めるか?」

「ん?護衛?……ああ、任せとけ」


 拓也は俺の視線の先、つまり男を見た瞬間全てを察したようだ。無駄に長けた拓也の察し能力に、この時以上感謝する瞬間はない。


「おいてめ──」

「お〜いおい顔を赤くしてどうしたよ?なんか頼って欲しいなら俺に言ってみ?」


 ……なんか、その喋り方は火に油を注いでいないか?


「黙れバカップル野郎が!用があんのはそこのクソ陰キャなんだよ!」


 威圧されても、うるさいなぁ……くらいにしか思わなかった。教室内でぎゃーぎゃー喚いて恥ずかしくないのだろうか。


 ……いや、女子たちの批判の中こちらに向かっているってことは、恥ずかしくないのか。

 凄い精神力の持ち主だな。この名もわからぬ男は。


「さいてー!自業自得なのに八つ当たり?」

「そーだそーだ!」


 男への批判は女子全員ではなく、瑞希の近くにいたチャラそうな男達も謎に参戦していた。

 ……今思ったんだが、瑞希の一言でこんなにもなるとは凄いな。


「うるせえんだよ黙れ!ちっ!この、陰キャがァ!」


 そう言って男は腕を上げ、クラスが悲鳴に包まれる。しかし、振りかかって来た拳を拓也が余裕の顔で受け止めていた。

 拓也はすぐに男の腕を掴み、引き寄せて捻った。


「ぐあっ!?」

「ははっ!暴力はいけねえよなあ?」


 完全に煽り口調な拓也。やってる事は正しいので、口出しできないのがなんともイラつくものではある。

 まあ、俺のためにやってる為内心は感謝しているけど。


 ちなみに、言ってなかったが拓也は喧嘩に至っては負けなしと聞く。彼曰く『美優を守るためだ』とかなんとか。

 運動とか喧嘩とかはてんでダメな俺からすれば、少し羨ましいものだ。


 拓也が男を押さえつけていると、担任の教師が慌てた様子で教室に入ってきた。


「おい、どういうことだこれは!?」

「あ、せんせー!今抑えられてるあいつが立花に暴力振るおうとしてました!」


 瑞希の隣にいたチャラそうな男が先生に報告すると、先生は頭に血が登った様子で叫んだ。


「お前!昨日だけじゃなく今日も暴力しているのか!?今すぐ校長室に来い!」


 暴力男は先程よりも更に顔が青ざめて、急に大人しくなった。拓也が無理やり暴力男を引っ張り教師に渡す。


 教師と暴力男が去ると、教室の中がしーんと静まり返った。瑞希と拓也は俺の方へときた。


「大丈夫しゅーくん!?怪我してない!?」

「お、おう。大丈夫だ」


 勢いの良さに少し戸惑うが、本心から心配しているのが分かったで心配させないように頷いた。


──よかったあ……


 瑞希はホットした表情になり、自分の机へと戻って言った。


 瑞希が席に戻った瞬間、空気が戻り再び賑やかになった。


「……愁、何があった」

「んや、大したことじゃないさ。ただ、アイツに昨日瑞希の事で殴られただけだ」


 ヤレヤレと言った様子で手を上げると、拓也が俺の顔を覗き込んでくる。


「大丈夫なんだよな?」

「おう。一応病院には行くが」


 拓也は拓也で心配してくれているのだろう。心配させないように俺は笑った。


「立花。ちょっと校長室に来てくれるか?」

「え?ああ、はい。わかりました」


 教師に呼ばれたけど、恐らく男のことについてだろう。俺は立ち上がって、先生の元に向かった。



 □



「どうだった?」

「あんま激しく動かなければ大丈夫だと」


 放課後。瑞希と病院を出て、俺は診断書をヒラヒラと揺らす。


「よかった……」

「ありがとうな」

「んーん。私のせいだもん」


 そんなことは無いのだが……本当に優しいやつだ。


「そう言えばあの人は?」

「あの人呼ばわりね……目撃者がいたらしく、俺の体の状態も相まって即退学を言い渡されていたな」


 まさか、俺がいるのに目の前で告げられるとは思わなかったけど………


 もちろん、取り巻き達も退学処分を言い渡され、計4人クラスメイトが減った。

 目撃者は男達に怖く当時は出れなかったらしいけど、助かってはいるし今度礼をしておこう。


「こう言っちゃ失礼だけど、良かった〜って感じ。しゅーくんをいじめる人は許さない!」

「慈悲はないって?」


 瑞希の酷い言い様に、俺は苦笑する。


「本当にごめんね?しゅーくん」

「もう自分を責めるのはやめろ」


 非常にやめて欲しかったので睨むと、瑞希は体が跳ねてコクコクと頷いた。


──こ、こわい……


 ……あれ、俺の顔ってそんな怖いのか?ちょっと凹むんだけど……

 とりあえず、俺は表情を笑顔に変えて昔みたいに瑞希の頭に手をのせた。


「それでいいよ。あんまり罪悪感持たれてもこっちが困るからな」

「う、うん……」


 瑞希は弱々しく頷いているが、その顔は真っ赤で目は泳いでいた。

 そこで俺は自分のやっていることに今更気づいて、慌てて手を離す。


「悪い。復縁したばかりなのに図々しかったな」

「い、いや……うぅ〜……」


──恥ずかしいよぉ〜……


 ……そう思われたら俺まで恥ずかしくなってくるんだけど……

 空気が気まずくなりながらも、俺たちは横並びで家路を辿ったのだった。

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