第七話【家族の心配事】

「おかえり愁。聞いたんだけど、昨日瑞ちゃんが来たんですって?」


 俺、立花愁たちばなしゅうが家に帰るなり、母さんがそんな事を訊いてきた。


 母さんは昨日、昼間から夜遅くまでシフトが入っていたので家にいなかった。

 だから、なんで知ってるんだとは思ったけど、恐らく妹の千冬ちふゆ辺りに聞いたのだろう。


「ただいま。家の鍵を忘れたらしくてな、困ってたから晩飯を作ってやったんだよ」

「へえ〜、久しぶりじゃないの瑞ちゃん。中学生になってから来なくなったものねえ」


 「懐かしいわ〜」と呟きながら、俺のブレザーとリュックを部屋に持っていくために階段を登っていく母さん。


 俺は晩飯の準備をするために、手洗いうがいを済ませてワイシャツの裾を捲った。

 包丁を持った瞬間、二の腕が微かに痛みが走った。上手く料理ができるか心配になったけれど、我慢して俺は手を動かした。



 □



「あら?愁、腕痛めてるの?」


 なんとか怪我せずに料理を完成させ、母さんと千冬と食べていたんだけど……さすが母親、よく見ているようで。


「ちょっとな。学校で怪我したんだ」

「それなら料理代わりにやってあげたのに……」


 家事全般は一番暇な俺が担当しているだけで、母さんも料理は上手かったりする。


「んや、いいよ。お金稼いでもらってるし」

「ありがとう……足し程度にしかなってないけどね。それでも、無理は禁物よ?」

「はいはい」


 なんやかんやで俺も冬も両親から愛情はいっぱい貰っている。将来、親孝行は必ずしようと決めていた。


「……でもお兄ちゃん。腕からちょっとだけ痣のようなものが見えるんだけど、それなに?」

「痣?」


 家の中だと俺や父さんには些か冷たい態度の冬にそう指摘され、俺は首を傾げた。

 腕を捲ったままではあるものの、痣ができるほど殴られただろうか?


 そう思ってカッターシャツを脱いだんだけど、視界に移るのは二の腕にできている見事な量の痣。


「すごいな。そこまで痛く感じなかったのに」

「ちょっと愁!?どうしたのそれ!殴られたの!?」


 ん?あっ……少し疲れていたのか、天然で痣を母さんの目の前で見せてしまった。

 隠すつもりだった俺はやらかした事を自覚して、バツの悪い顔をする。


「愁!どうしたの!?」

「……お兄ちゃん、説明して」


 二人とも恐いな……まあ、もう幼馴染の須藤瑞希すどうみずきには話しているので、俺は放課後にあったことを渋々といった感じで話した。



 □



「……なるほどね、大丈夫?」

「別に大丈夫だよ。普通にやられっぱなしでダサかったけどな……」


 まあ喧嘩自体そんな強くないし、やり返すつもりもないのだけど。


「……お兄ちゃん。虐められた原因の瑞ちゃんの事を考えて我慢するのって、別に全然ダサくないよ?」


 冬の言いたいことはわかったけど、疑問を隠しきれない俺は首を傾げた。


「逆に訊くが、離れたら最低な人にならないか?瑞希自身は悪くないというのに」

「「………」」


 急に二人とも黙り込んだので飯をつつく手を止めて顔を上げると、二人は同時にため息を吐いた。


「…お母さん、なんかお兄ちゃん優しすぎない?今後天然ジゴロになりそうな予感がするんだけど……」

「そうね……しかも鈍感のね……」


 二人してどうしたのだろうか……天然ジゴロってなんだ?というか、俺は別に優しくないと思うんだけど。


 何を言いたいのか俺は二人の言葉を待ったけど、それ以上何も言われることは無かった。



 □



「ただいま」

「あ、おかえり父さん。荷物持つよ」


 少しすると父さんが帰ってきたので、駆け足で玄関に向かおうとした。

 しかし、太ももの痛みが残っていたのか、足が上手く上がらず膝を着いてしまった。


「愁!?大丈夫か!?」


 俺からしたら親バカな父さんが、俺が少し転んだせいで勢いよく走ってくる。

 いや、靴揃えて置いてくれ。あと滑るからそんな全力で走らないで……


「愁、あんたは座って怪我を治しなさい。お父さん、荷物は私が持つわ」

「あ、ああ。すまない。ありがとう」


 母さんが父さんの背広とバッグを持って、二階にある寝室へと持っていった。

 ……なんやかんやで部屋を一つにしている分、この二人の仲はいいなあとどうでもいい事を思った。


 俺は痛む太ももを抑えて、ダイビングテーブルに戻った。

 すると父さんは、俺の性格を分かってか靴を揃えてからこちらに来て屈んだ。


「愁、足を見せろ」

「……お父さん、お兄ちゃんの痣って多分足だけじゃないと思うから、浴室でやってきた方がいいと思う」

「………そうか、わかった。おい愁、立てるか?」


 別に激しい動きをしなければそんなに痛むものでもないんだけどな……

 でも、家族が心配してくれているのは分かったので、俺はそれに甘えさせてもらうことにした。



 □



 浴室で父さんに何かあったのか聞かれたので、母さんたちに言ったのと同じことを話した。

 父さんは俺の背中を冷やしながら驚いた声を上げている。


「お前、いい子過ぎないか?俺たちはそんな風に育てた覚えはないぞ?」

「使い方なんか変だし、親バカなのにネガティブすぎないか?」


 それとそんなにいい子なのだろうか。当たり前のことをしただけに過ぎないのだけど。


「でもまあ、聞いている限り今日だけならまだ幸いだ。瑞希ちゃんに感謝しなければな」

「そうだな。瑞希は本当に優しいと思う」

「お前も大概だと思うけどな」


 だから、俺は別に優しくはない。瑞希と違って悪態をつく時なんて普通にあるし、ボランティアなどはやりたくない方だ。


「そういえば、父さん晩飯まだだよな?」

「ああ、そうだな。少しだけ腹が減ってきたよ」

「それなら自分で冷やしとくから食べてきなよ。誰か風呂入る時に呼んでくれれば、俺シャワー浴びて戻ってくるから」


 父さんは心配そうにしていたが、俺が頑なに断ると渋々といった感じで浴室を出ていった。


 すると、数秒後にリビングの方から冬の悲鳴が上がったのを聞いて、俺は頭を抱えた。

 なんで裸のまま戻ったんだよ父さん……



  □



「そういえば愁、あんた瑞ちゃんとどうやって話すようになったの?」

「急にどうしたんだ?」


 シャワーを浴びた後。

 俺がソファでまだ冷やしきれていない腕に氷袋を当てながらゆっくりしていると、洗い物をしてくれている母さんがそんなことを訊いてきた。


「いや、あんたってたしか瑞ちゃんと疎遠だったわよね?中学生になってから」

「なんで知ってるんだ……?」


 まあ、たしかに急に家に遊びに行かなくはなったけど、親に疎遠なのを見抜かれているほどだとは思わなかった。


「あんたたちを見てればそりゃあわかるわよ〜。あんな仲の良いのって幼馴染でもそんなに無いわよ?」


 イマイチ自覚がない。俺と瑞希は確かに仲は良かったが……普通じゃないだろうか。


「どこに居てもあんたたち一緒にいたじゃないの。離れてるのなんて夜以外見なかったわよ?」

「そうだったな……懐かしい」


 実際に言うと俺に瑞希が着いてくる形ではあったが、俺も嫌ではなかったので確かにずっと一緒にはいた。


「で、さっき瑞ちゃんの事が話題に上がってたじゃないの。どうやって復縁したのかしら……と思って」

「別に。偶然一緒に帰ることになっただけだよ」

「愁と全く目を合わせることすら無くなった瑞ちゃんが……ねえ」


 そこに気づいている母さんもなんやかんやでよく見てるなあ、と思う。


「まあいいわ、よかったじゃないの。また仲良くなれて」

「そうだな。俺としても嫌ではないな」

「あんたたまに素直じゃないわよね〜」


 気恥ずかしくてそう素直に受け取れないことの何が悪いというのだろうか。

 そう思って母さんの方を睨むと、母さんがニヤニヤした顔でこちらを見ていた。


「……なに?」

「いや、なんでもないわ〜。精々頑張ってね」


 何にだよ……

 居心地が悪くなった俺は、眠くなってきたので寝ようとリビングを出たのだった。

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