第六話【我慢すべきこと】
午後の授業を終えた放課後。俺、
瑞希はというと、呼び出されたみたいで急ぎ足でどこかへ行ってしまったから一人で帰るつもりだ。
心を読んだ限り、男子生徒からの呼び出しらしいのでので恐らく告白だろう。
「おい」
教室を出ようとしたら、後ろから低い声で呼びかけられた。
振り向くと、いつも瑞希に話しかけている陽キャラの男とその取り巻きがこちらを睨んで立っていた。
「何か用か?」
「ああ……この後暇か?」
ご丁寧に予定を聞いてきた。
何をされるかは予想出来たけど、この後用事もなかったし、断る理由も無かったので俺は頷いた。
「……ふんっ。ちょっと来い」
「……わかった」
素直に俺は、急に機嫌が良くなって歩き出した男子達についていった。
……はあ、我慢することが多いな。全く。
□
「あれ?しゅーくん?」
用事が終わり、空が茜色に染まった頃。
正門玄関で靴を履き替えていると、丁度瑞希も用事が終わったらしく、声をかけてきた。
「よう。用は済んだのか?」
「うん。えっと……待っててくれたの?」
「いや、俺も用事があってな」
──すごい偶然!嬉しいな!
それだけ喜ぶものなのだろうかと思ったけど、嫌な訳では無いので気にする必要は無いだろう。
「一緒に帰る?」
「別に構わない。帰ろうか」
頷くと、瑞希は顔を輝かせた。
□
校舎を出て、俺たちは家路を辿る。まだまだ尽きない昔話をして、お互いに懐かしんだり、笑いあったりした。
しかし、話をしている内に瑞希の表情が段々と暗くなっていたのに気づいた。
──……なんだかしゅーくん、具合悪そうだな……
……5年間離れていたが、それを抜いても伊達に7年も一緒にいた訳ではなかったようで。
平然とするように振舞っていたが、俺の微かな変化に気づいたらしい。
……正直に言うと、この変化には気づいて欲しくなかったのだけど。
「……しゅーくん」
「どうした?」
「さっきの用事って、なんだったの?」
「………」
その問いに俺は何て答えればいいかわからず、視線を逸らす。
それを見て、本当に何かあると察したのか、瑞希の顔が険しくなった。
「……何か嫌なことでもあったの?」
「いや……何も無いよ。瑞希こそ、さっき何をしていたんだ?」
「話を逸らさないでよ」
頑なに俺が何をしていたか聞きたいらしいが、あまり言いたくない事柄だった。
「本当になんでもないよ」
「嘘。だって少し歩き方がぎこちないし、少しだけ痛みに耐えてる表情してるもん」
本当によく見てるな……俺と同じで瑞希も心が読めるのだろうか。
……まあ、さすがにそんなことは無いか。
「……朝は元気だったよね。……もしかして、虐められたりとかしたの?」
「──ッ!? ………」
それを聞いて俺は目を見開き、言葉に詰まる。図星だった。
まさか当ててくるとは思わなかった。
「誰!?誰に!?」
──しゅーくんに酷いことしたのは誰なの!?許さない!
俺の反応で確信したらしく、勢いよく顔を近づけて訊いてくる瑞希。
困ったな……どう答えようか。
「……別に瑞希には関係の無い話だ」
「虐めに関係も何も無いよ!」
そうかもしれないが……それでも俺は、瑞希に真実を言いたくはなかった。
「……私は信用出来ないの?」
瑞希は涙目になりながらそう言って、俯いてしまった。
「そんなことは無い」
「じゃあなんで言ってくれないの!?」
俺は奥歯を噛み締めて、瑞希から視線を逸らした。
「……もしかして、私の事?」
「──ッ!?」
さっきから思うんだが、なんで分かったんだろうか。
そして、それで反応に困った俺を瑞希はやはり逃さない。
「私のことなら私に関係あるじゃん!なんで言ってくれないの!?」
「………」
「しゅーくん!!」
「お前が勝手に!罪悪感に苛まれるからだよ!」
はっ、となった。余りにもしつこくて無意識に口にしてしまったことを、俺はすぐに後悔した。
瑞希は俺が発した言葉を聞いて、信じられないというような顔になっていた。
「………どういうこと?」
俺は頭を抱えてため息を吐いた。
もう言ってしまったのだし、こうなったらもう瑞希は止められる気がしなかった。
だから俺は、先程何かあったかを話すため口を開いた。
○
男子達から連れてこられたのは、人気のない屋上だった。ちなみに、この時に瑞希が行っていた場所は校舎裏だ。
そこで俺は壁に追い詰められ、いつも瑞希に話しかけている男に胸ぐらを掴まれた。
そして男は俺を睨み、低い声でこう言った。
「幼馴染だからって調子乗んなよてめえ……今後、絶対に須藤さんに近づくな」
つまらない嫉妬だと最初に思った。暴力で解決するのも馬鹿だと思った。
俺は怯えることもせず、平然とした顔でこういい返した。
「俺から近づいてるわけじゃないから、俺はなんとも」
「んなわけねえだろ。須藤さんから陰キャ風情のお前に?はっ、笑わせんな」
まあ、気持ちはわからなくもないが本当の事だったし、俺はため息を吐いた。
それを見て、男はさらに機嫌を悪くしたらしい。
「てめえ、調子乗んなよ?……痛い目合わせてやるよ……やっちまえ」
どこの不良だよ、と思ったのもつかの間。
男の腹パンを起点として、取り巻きの男たちが俺に殴る蹴るをしてきた。
腹、二の腕、太もも、臀部に背中。見えないところを容赦なく。
虐められることは慣れてはいなかったが、別に瑞希のためなら我慢出来ることだった。
これ以上殴られたとしても、蹴られたとしても。俺は瑞希を無視することはしない。
こんな声が聞こえていたしな。
──これからは、離れないから。
どういう流れになったのかは分からないが、なんとなく俺の事だと思った。
この気持ちを無下にしたくない、と思った。だから俺は我慢しようとした。
□
「もう須藤さんに近づくなよ」
そう言って、男子達は笑いながらどこかへ行ってしまった。もちろん、それを実行するつもりはさらさらない。
瑞希は脳内に響いた限りだと、告白された後に図書室に向かったらしい。
待っておくか……と、汚れを払って俺は屋上を出た。足の痛みを見て見ぬふりをしながら。
●
瑞希にあの後、何があったかを簡単に言った。もちろん、俺の心理状況などはすべて省略して。
「『近づくな』とか言われたけど、別に我慢するつもりだったぞ」
「……しゅーくんは優しすぎると思う」
そんなことは無いんじゃないだろうか?この世に俺より優しい人なんて、ごまんといるだろう。
「嬉しいけど……だからってしゅーくんに、そんな事をさせたくない」
「じゃあどうしろと。瑞希を俺から無視すればいいのか?」
「それはやめて!」
「冗談だよ」と言いながら笑う。瑞希は涙目になりながら、頬を膨らませていた。
重い空気だったし、これで少しは軽くなったんじゃないだろうか。
「もう……」
──心臓に悪いよ……
「ははっ、悪い悪い。まあ本当に大丈夫だよ。俺が我慢すればいいだけの話だからな」
「それはやだ。もうその人とは絶縁する」
「は?」と俺は素っ頓狂な声を上げる。
「そんなに仲良くもなかったし、しゅーくんを虐めたのは許さない。絶対無視してやる……」
瞳を燃やす瑞希を見て、俺は苦笑する。仲良いものだと勝手に思っていたため、なんだか自分が馬鹿らしくなってきた。
「瑞希は昔と変わらず優しいな」
「しゅーくんほどではないと思うけどなあ」
「そうか?」
「そうだよ!」
理解は出来ないが、必死になって言ってくるので思わず笑ってしまうと、瑞希も笑った。
だがまあ、瑞希が優しいと思ったのは本心だ。
昔からみんなを色々と気遣っているし、心を読めるようになって悩んだことがないのは、瑞希の邪心が無いおかげだ。
「明日からも宜しくね!しゅーくん」
「……ああ。よろしく」
こんないい子が幼馴染でよかったな、と。俺はそう強く思った。
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