第三話【二度目の出会い】

 〇



 ある日、男の子の隣の家に誰かが引っ越してきました。男の子がそれを知ったのは、幼稚園の入園式の日です。


 入園式の日、お母さんと一緒に男の子は家を出ました。

 すると、隣の家からもある女の子が大人の女の人と手を繋いで出てきました。


 お母さんと大人の女の人は顔を合わせると、上機嫌で話し始めました。


『あらま須藤さん!お子さんがいらしたのね!?可愛い女の子ね〜』

『立花さんこそ!あっ、もしかして……この子も〇〇幼稚園に?』

『あらあら?その様子だと須藤さんの子も一緒なのね!?』


 お母さんと女の人達を他所に、男の子と女の子は顔を合わせていました。

 女の子は、男の子を見て口を開きました。


『きみ、なまえな〜に〜?』

『ぼくはしゅうだよ。きみは?』

『しゅーくんっていうんだ!わたしはね〜』


 楽しそうに男の子の名前を呼んだ後、女の子は満面の笑みでこう言いました。








『みずきっていうの!よろしくね!』




 ……これが、少年と少女の[出会い]でした。



 ●



 俺、立花愁たちばなしゅうは目を覚ました。窓から差し込む朝日が眩しく、思わず目を細めてしまう。


「……12年前、か。懐かしいな」


──12年前……懐かしいなあ……


 ──ッ!?


 呟いたと同時に脳内に女子の声が響き、俺は目を見開いて飛び起きる。


 彼女も、同じ夢を見たというのか……?

 そう思って、声の主がいるであろう方向に振り向いた。


 ……尤も、振り向いて視界に映ったのは彼女ではなく。壁にかけてある、木製の額縁で覆われた昔の写真だけだったけど。

 ……まあ、同じ夢を見る偶然もあるだろう。


 諦めて追求を辞めた俺は、壁にかけてあった写真を見て、再度懐かしむ。

 ……須藤瑞希すどうみずき。幼稚園の入園式の日に撮った、彼女と一緒に映っている写真。

 撮ったのは10年以上も前だというのに、俺はどんな物よりもこれを大切にしてきた。


 ……あと10分程でなる目覚まし時計を止めて、俺は朝ご飯を作るために部屋を出た。



 □



「じゃあ父さん。行ってくるよ」

「ああ。いつも弁当ありがとうな」


 夜遅くまで働いて家を支えてくれている父親に手を振りながら、俺はドアを開ける。


 妹の千冬ちふゆは部活のため、朝早くから俺が作った弁当を持って出ていった。

 そのため、今日も一人で寂しく登校……というわけではなく。


「おはよう、しゅーくん!」


 家を出ると、初めて会った時から全く変わっていないあだ名で呼ばれた。

 瑞希だ。いつもの登校日のように制服を身にまとい、気だるげな俺を見て微笑んでいる。


──今日はしゅーくんと一緒に登校するぞっ!


「……おはよう」


 朝食の時から響いてきていた願望にやる気満々な瑞希に対して、俺は特段気にすることも無く挨拶を返す。


 ……さて、朝っぱらから助け船を出す羽目になった。

 ……ここは無難に、疑問をぶつけることにしよう。


「どうしたんだ?」

「うん!えっと……その……」


 元気よく相槌を打ったのはいいものの、上手く言いたいことが言い出すことが出来ないためかモジモジとしだす瑞希。


──言わないでどうするの須藤瑞希!あなたはここでへこたれる女じゃないはずよ!


 何かよく分からないノリが脳内に響き、俺は苦笑してしまう。少しせこいかもしれないが、表立ってフォローをしてみよう。


「瑞希、落ち着いて」

「あっ、うん!」


──……よく見てるなあしゅーくん……嬉しいなあ……


 ……朝からそうやって、無意識に顔を発熱させてくるのは辞めてくれないか。


「えっと、私と一緒に登校しませんか!」

「……ああ。いいよ」


 俺が力強く頷くと、瑞希は顔を輝かせた。


──やった!やった!


 心の中で体をぴょんぴょんさせていそうな瑞希に再度苦笑しつつ、俺は道路に出た。



 □



 俺たちは昨日の下校時と同じく、横並びに歩いていた。その距離はやはり昨日と同じ、おおよそ拳7個分くらいだ。


 瑞希はというと、軽い足取りで歩道を歩いていた。先端がネイビーブルーの綺麗な黒髪が、機嫌が良いと分かりやすく揺れている。


──懐かしいな〜嬉しいな〜。しゅーくんとの登校!


「一緒に登校も小学生以来だったっけ?」

「……そうだな。あの頃は登校していたな」


 軽く返事したつもりだったのだが、急に瑞希が立ち止まった。その後脳内で響く声で、俺は墓穴を掘ってしまった事を自覚した。


──……毎日……毎日……それを私から一方的に潰して……


「大丈夫か?瑞希」


 内心慌てつつも、焦らずに訊いた。

 瑞希は、涙目になって俺を見ていた。


「ごめんね……急に……うぅ……」

「……別に気にしていないぞ?中学の頃なんて」


 ……半分は嘘だが、それより俺は瑞希が泣く姿をあまり見たくない。

 そう思って言うと、瑞希は上目遣いで首を傾げた。


「ほんと……?」

「本当だ。今話しているから充分だ」


 そう言うと、瑞希の顔は輝き涙は吹っ飛んだ。希望に満ち溢れた表情をしていて俺は少し驚いてしまう。

 そして、次の言葉に俺は更に驚かされてしまった。








「じゃあ!これからも毎日一緒に登校してくれる!?」








 反射的に言ったのだろう。脳内に響いてくる前に聞こえてきた提案に、俺は理解が追いつかなかった。


「ダメ……かな……?」


 俺が意味を理解出来ずに硬直したためだろうか。瑞希は不安げに、そして上目遣いで俺を見てそう言ってきた。


 ……ひねくれた受け取り方で、額に汗が滲むのが分かる。真に幼馴染という関係を戻すためには、俺の言葉にかかっている。


「………」


 ……俺は、首を振ることが出来なかった。


──やっぱり……今更すぎたのかな……


 …黙ってしまってはいるが、悩んでいるんじゃない。俺は、怖がっているだけなんだ。


 瑞希という幼馴染と仲良くなって、そしてその幼馴染が急に居なくなるという体験を俺はもうしている。

 だから、徐々に関係を戻して安定させるなら、俺も迷いはない。だけど、こんな急に……不安定にいくのなら、怖かった。


 ……再び瑞希が居なくなるのは、怖かった。


「……やっぱり急だったよね!ごめんね!」

「ッ!?違う!!」


 決して断ろうと思っているんじゃない!

 そう強く思って、俺は逃げようと進路へ振り返る瑞希の腕を掴んだ。


 瑞希は振り払おうとしているが、俺は再度「違うんだ!!」と叫んで強く握る。

 周りから痛い視線が飛んでいるのがわかる。だとしても、離す訳には行かない。


「……何が違うの……?」

「……別に、毎日登校することに対して否定するつもりは無いって事だよ……」


 俺の言葉に、瑞希は目を見開いた。

 大人しくなったので、俺はゆっくりと握っていた手を離した。


「……怖いんだよ」

「……怖い?」


──……何が?


「……また仲良くなったとして……急に・・仲良くなったとして、お前が離れないか」

「──ッ!?」


 瑞希は声にならない叫びを上げた。

 涙目になっている顔は、申し訳ないと言いたげであった。


──しゅーくん……ごめんね……


「……ごめん……」


 頭の中でも、目の前に居る幼馴染の口からも謝られた後。瑞希はボロボロと涙を流し始めた。


「ごめん……ごめんね……」

「………」


 俺は、奥歯を噛み締めて立ち尽くすことしか出来なかった。


 瑞希を慰めることを許せなかった。


 瑞希の気持ちをのに、勝手に怖がっていた''自分''がやるのは許せなかった。


「……しゅーくん……」

「……なんだ……」








「……もう、離れないから……!」









「ッ……!?」


 瑞希の言葉に俺は何も言えなかった。疑いの余地が、無かったから。

 理由は、もちろん……


──絶対に、もうしゅーくんから離れない……絶対に……!


 脳内で大きく、熱の篭った決意の声が響いたからだ。それを聞いて、疑ったりするのは俺には到底出来なかった。

 同時に、自分を許すことができない自分がバカバカしくなってきた気がした。


「……わかったよ」


 承諾の言葉を言った時、俺は笑っていたと思う。瑞希の決意が、本当に嬉しかったから。



 □



 それから俺たちは、再び道を歩んだ。

 さっきと違って、瑞希との距離はそこまで離れてはいない。凡そ拳7個分から、3個分くらいに……肩がギリギリ当たらないくらいになった。


 ……恐らくだが、俺は幼馴染と復縁できたんだと思う。宣言から案外早い復縁に、自分でも笑ってしまった。

 でも、後悔はない。この[]以降は、絶対に無いはずだから。

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