本編

第一話【疎遠な幼馴染】

「女の子の幼馴染の理想とは!

 可愛くて、優しくて、家事ができて、毎朝優しく起こしてくれる恋人!

 それで〜彼氏のこと大好きで〜将来を約束してくれて〜────」


 みんなは信じてくれるだろうか。こんな妄想の塊を熱弁してくれている目の前のクラスメイトが、まさかの女子だということに…


 放課後だし、早く帰りたいなあ……と思いつつも俺、立花愁たちばなしゅうは彼女の話を聞いていた。

 もっとも、呆れ果ててジト目になりながら…ではあるんだけど。


「高望みしすぎだろう。そんな完璧少女は、世界を何周旅行しても見つかりやしない」


 俺は容赦なく彼女、藤村ふじむら 海優みゆうに現実を突きつける。

 海優とは中学の頃からの仲であり、高校でも去年からよろしくやっていた。


「まあね〜。こういうのはラブコメでしかいないって分かってるもん」

「………」


 ならば、そう冷静に理解出来ているのにどうしてそんな頭の痛くなる妄言を行ってくるんだ……

 ドヤ顔で胸を張っている海優の前で、俺は頭を抱えた。


「……でもまあ、ラブコメって言えば幼馴染は一つの萌え要素だよね。負けが多いのが少し難点なところだったりするんだけど」

「知らないよそんなの……」


 小説や漫画を読む趣味がないので、俺はラブコメ?というのにあまり関心がない。感想などは他を当たってもらいたいものだ。


「でもさでもさ、愁って異性の幼馴染とか居るの?覚えてなかったらいいんだけど」


 彼女の姿が脳裏をよぎる。……別によぎらなくとも、そいつは教室の入口の方にいるにはいるんだけど。


 しかし、もし視界に捉えてしまおうとするならば、海優に揶揄やゆされるに決まっている。

 海優は物凄い恋愛脳で、たまに俺の恋愛事情をしつこく聞いてくる事があるくらいだ。


「…いるには、いるかな。最近は話していないんだけど」

「へ〜いるんだ、意外!でね〜もし私が〜女の子の幼馴染がいるならね〜!」

「聞いてないよ?」

「(須藤さんがいいなっ!)」


 本人が居るからか、急に小声になる海優…別に聞いてないって言ったはずなんだけど。

 海優が教室の入口に視線を向けたので、俺もそちらに視線を向ける。


「(綺麗だよね〜須藤さんっ!将来お嫁さんにしたい!)」

「なんで君はそんなに思春期男子脳なんだ?」


 …まあ、それはさておいて。

 海優が言っているのは教室の入口の前にいる彼女、須藤すどう 瑞希みずきの事だ。

 我が校の現高校二年生の中では、一番の美少女とされている女子だったりする。


 スラリとした体。その腰部分まで伸びたストレートの黒髪は光沢が見え、先端はネイビーブルーとなっている。微かに流れる風がその長い髪の毛を靡かせ、とても美しい。


 乳白色の肌は滑らかで、シミひとつなく澄んでいるように見える。夕焼けの太陽が差し込んで光が反射し、とても綺麗だ。


 ヘーゼルカラーの瞳が入っている目はパッチリ二重瞼で、まつ毛が長い。優しい目付きは人を癒し、とても穏やかだ。


 顔は小さくて鼻筋は整っており、唇もうるうると瑞々しい。そんな顔つきは実に可愛くて、保護欲をそそられる。


 特徴が揃いあぐねている彼女は、もちろん様々な男子からは恋の目で見られ、女子からも温厚な性格で友好的な態度のおかげで大人気。クラスのアイドルであり、そして俺のだ。


「まあまあ。でも、本当に綺麗だよね。…でも、誰か待ってるっぽいし彼氏持ちなんだろうな〜……」

「……ああ、そうだな」


 彼女が綺麗、可愛い、美しい…その感情を思い起こされるのは、幼馴染の俺からしてもとても分かるものだ。

 しかし、だからといってそんな過剰に反応する理由もないし、中学の頃から疎遠になっているためそもそも関係がなかった。


「な〜に〜愁、反応薄過ぎない?あっ、もしかして愁って……」

「変な勘違いをするな。恋愛対象になるか、と言えば、俺からしては関係のない話なだけだ」

「お〜枯れてんね〜。本当に男子か?」

「もちろんだ。……ほら、お迎えが来たぞ」


 瑞稀のことを『嫁にしたい』とか言っていたが、海優には彼氏がいる。

 その彼氏は今日委員会で帰りが遅れるため、はた迷惑な話ではあるけど俺が海優の暇つぶし道具にされたって感じだ。


 委員会が終わったようで、その彼氏さんが「お〜いみゆ〜」と手を振っている。


「あ、ほんとだ。ありがとね愁、また明日!」

「おう、また明日」


 海優は走って彼氏さんに突進していった。


 さて、これで教室は先程からずっと残っている瑞希と俺の二人だけになった。

 そこで何も無いわけがなく…俺の脳内に、瑞希の声が響いた。


──うぅ〜……藤村さんはもう帰っちゃったけど、だからって…。一緒に帰ろ!って誘いづらいよ〜……!


 ずっと瑞希の心の声が聞こえていたので、友達の誘いを全部断って残っていた理由は分かっていた。瑞希に彼氏はいない。

 ……逆に、人気な瑞希にもし彼氏というものがいたとしたら、波乱が起こるんじゃないかな。


 それはさておき、昼休みの宣言通り今から瑞希に助け船を出そうと思う。


 ……でも、俺はまだ何も説明していない。

 まず、そもそもとしてなぜ俺が瑞希の心を読めるのか。そして、俺たちがなぜ疎遠になっているかの経緯を説明しようと思う。



 〇



 まず、俺が瑞希の心を読めるようになったのは中学生になってからだ。

 ……正しくいえば、俺と瑞希が疎遠になり始めてから……だけど。


 瑞希が俺を無視してから、いきなり脳内で瑞希の声が響くようになっていた。

 最初の頃は意味がわからなかったけど、変に親を心配させたくなかった俺は暫く様子を見ることにした。


 宣言通り暫く様子を見たら、これは瑞希の心の声だということが発覚した。近くから見ると、言動が一致していたからだ。


 本当に瑞希の心の声というのならば…確実に嫌われていないため、俺は安心していた。

 何故か……と訊かれたら、この声を聞いたからとしか言えないけど。


──ずぅ〜っとしゅーくんにくっついてたけど、からかわれるの恥ずかしいし……中学生になったら変わりたいもん!卒業!


 ……ちなみに、瑞希は昔から俺に着いてくる子だった。


 で、暫く卒業するためだから。もし、本当にこれが心の声というならば嫌われてはいない。

 ……ただ、目も合わせてくれないから少し疑ってしまったけど……瑞希はやる事は徹底にやる子だったから、まだ納得出来た。


 それから、瑞希は無事に''中学デビュー''を果たし、みんなから愛される存在となった。

 ……しかし、それと同時に脳内で俺の名前が響くことはなくなっていた。


 寂しいことだけど、どうやら瑞希は俺から卒業してしまったらしい。

 …もう年頃だし、男子からの告白が絶えない瑞希の事だ。これから恋愛をして、他の男とよろしくやっていくんだろう。

 それなら、と。俺も瑞希のことは一回忘れて生きていこうと思った。大切な思い出は、記憶の中にしまって。


 ……しかし、当時の瑞希は恋をしなかった。誰からの告白も受けることはなかった。

 理由としては、単純に瑞希が恋愛に興味を抱かなかっただけだった。それも、イケメンくんからの告白をも断るほどに。


 そのせいなのか、何故か俺は瑞希の事を忘れられなかった。他の女子と恋をしようと思わなかったんだ。


 でも……忘れられなかったとしても、瑞希は俺のことを忘れているんだ。

 だから俺も、瑞希のことは忘れずとも、関わらないようにした。


 ……これが、俺が瑞希の心を読めるようになった事と、俺たちが疎遠になった経緯だ。



 ●



 俺は席を立って、窓際に行き外を眺める。夕日が気になったから……というのは真っ赤な嘘で、実際は演技だ。

 演技のためでも、外はとても綺麗だった。茜色に染まった空は美しく、教室に入り込む光は神秘的な赤。


──しゅーくん……帰らないのかな


 俺の行動を見てか、瑞希がそう考えていた。お前のためだよ、とはもちろん言えない。


──…………。…………。


「瑞希」

「ひゃい!?」


 暫く居座って声をかけられるのを待とうと思ったけど……瑞希は茫然としていて先に進めなさそうだったので、先に声をかけてみた。

 瑞希の声が裏返ったが、驚くこともなく。そして瑞希に視線を向けるわけでもなく、俺は問いかける。


「ずっとここに居るようだけど……帰らないのか?」

「………」


 シンプルかつ、自然な疑問だ。疎遠の状態なのに、という理由で瑞希から拒める状況にしないように心がけてもいる。

 ……もっとも、復縁を望んでいる奴がそもそも拒まないとは思うけど。


──しゅーくん……私の名前久しぶりに呼んでくれたなあ。それに、疎遠になっていたのにちゃんと私の事見てくれていたんだ。


「瑞希、聞いているのか?」

「えっあっ、そのっ!」


 そんな事で黙り込んでしまうなよ…黙り込んだために名前を呼んだ俺が言えたことではない気がするけど。


 振り返って、瑞希を見る。瑞希は、オロオロと目を泳がせて取り乱している。

 直に落ち着いたようで、瑞希は覚悟をした顔で俺と目を合わせた。


「しゅーくん」


 あだ名は普通に言ってくるんだな。名前、最悪苗字で呼んで来るかと思ったんだけど。

 俺は「なんだ?」と首を傾げて用件を促す。


 しかし、瑞希は頬が赤くなったかと思うと、再び目が泳ぎ出す。

 指を乏しい胸の前で回し、モジモジと言い淀んでいる。


 大丈夫だ。言いたいことはわかっている。

 が、そう瑞希に言えるわけが無いので、代わりとして俺は笑顔を作った。


 瑞希は再び視線を俺と合わ…したかと思いきや、急にぼーっとしだした。


──しゅーくんの笑顔……カッコイイな……


 ──ッ!?


 ……瑞希からの褒め言葉を、心の声で聞いたことは無かった。

 そして、口からでなくとも久しぶりの褒め言葉に、俺は思わず目を見開いてしまった。

 脳内に直接響く『かっこいい』という言葉は、俺の体を火照らせ頬の力を奪う。


 っ……ダメだダメだ。俺は奥歯を食いしばり、瑞希の前では……と、平静を装った。


「瑞希?」

「えっあ……うん、ごめんね。





……しゅーくん。私と一緒に帰りませんか?」


 その言葉を聞いて、俺は笑みを深め力強く頷いた。

 まずワンステップ、クリアなのだろうか。

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