エピローグ2

「あくまで陛下の側近として勤めている私が、影で裏切るような真似はできませんでしたので助かりました。それに」


「「それに?」」


「自分の息子から突きつけられた方が、良い薬になるんじゃないかと思いまして。……真実に辿り着いたところまでは褒めてあげられますが、情報の出し方は減点ですね。リュシエンヌとのことに気を取られて、王妃様に聞かれてしまうとは……詰めが甘いですよ、殿下」


 お父様の言葉に、殿下はゆるゆると首を振って肩を落とす。


「──ああ、宰相の言う通りです。反省します」


「後悔は?」


 お父様の目がきらりと光る。


「後悔はしません。あの場で私には、リュシエンヌの誤解を解くこと以上に重要なことはありませんでしたので」


 ジョエル殿下ははっきりと、胸を張って言った。それにお父様が満足そうに口角を上げる。


「──……仕方がありませんので、殿下がそこまで望まれるのでしたら、私の天使を殿下にお貸ししましょう。次は、ありませんからね」


「ありがとうございます……」


 くれるんじゃないのかよ、と、殿下がお父様に聞こえないくらい小さな声で言う。横にいた私は、それがおかしくて思わず笑ってしまった。

 しかしお父様の次の言葉に、私は顔を引き攣らせることになる。


「オデット嬢を虐めていたのはアシャール伯爵家のミラベル嬢でした。──愚かにも私の天使に罪を被せようとしていましたので、私がしっかり伯爵に念を押して注意しておきましたよ。婚約者の……ええと、そうそう。ドゥブレー伯爵令息。彼と一緒に、仲良く田舎に引っ込んでもらうことにしました」


「ええと、それは……」


 私は声を詰まらせる。しかしジョエル殿下は薄く笑って頷いた。


「まあ当然でしょうね」


「殿下がそう仰ってくださって良かったです」


 お父様も頷く。

 何だかこの二人、気が合うみたい。こんな姿を見ると、背筋がぞっとする。

 私にはいつも優しいお父様は、怒ると、普段の姿からは想像できないくらい迫力があるのだ。私を叱るときなども、理詰めでこんこんと責めてくる。

 私は現実逃避しそうになるのを堪え無ければならなかった。まさかジョエル殿下にもこうした一面があるとは。娘は父親に似た人を好むとは良く聞くが、こんなところが似ているとは。

 ミラベル様とシリル様には申し訳ないが、私も彼等は自業自得だろうと思っている。何せ、ミラベル様は、知らなかったとはいえ、王族相手に虐めをしたのだ。シリル様も一途にならずふらふらとしている様子から、実家では嫡子交替の話が出ていた。お父様は、後押ししただけでしょう。


「元々、陛下と王妃様は政略結婚です。しかしあの二人は今では仲良く、愛し合っていると言えるでしょう。──……今回のことで、こじれなければ良いのですが」


 お父様が、執務机からハンカチーフを手に取りながら言った。

 私と殿下は挨拶をして、部屋を出る。誰もいない廊下で、二人、深い溜息を吐いた。


「お父様が身内で良かったわ……」


「宰相が敵とか、考えたくない。今だって、ある意味俺はあっちにとっては敵なんだからな」


 私が首を傾げると、ジョエル殿下は何でもないというように、私の頭をくしゃりと撫でた。それから殿下は、やり慣れない仕草に頬を染めて、私に行くぞとそっけない風を装った声をかけた。




   ◇ ◇ ◇




「やばいやばいやばいやばい……ちょっとこれ、来たんじゃないの」


 私は連れてこられた王宮の客間で、落ち着かずにうろうろと歩き回っていた。

 卒業パーティーの途中で悪役令嬢のリュシエンヌ様を断罪しようとしたら失敗した。それまでうまく王子様を誘惑できていたと思ったのに、そうではなかったらしい。


『貴女との婚約を、白紙に──……戻す訳がないだろ馬鹿かお前!?』


 王子様の言葉が耳に残っている。あの完璧だと思っていた王子様が、飾る余裕もない言葉でリュシエンヌ様に縋っていた。その姿は、私にとってはとてもショックだった。靡いてくれたと思ったのに、それが嘘だったのだ。

 更に、悪役令嬢に間違いないと思っていたリュシエンヌ様は、私を虐めていたのではなかったらしい。つまり、私はただ自分にとって都合の悪い女性を悪役として断罪しようとしたわけで……そう考えると、正直不安で仕方ない。

 こうだと思っていたことが、どちらも間違いだったのだ。私の何が正しかったのか、まるで分からなくなってきていた。貴族とは、なんと面倒なのだろうか。

 しかし、今私は王宮にいる。

 あの後すぐに宰相を名乗る男性が私の元に来て、私にこのまま王宮に来るようにと言った。すぐに馬車に乗せられ、王宮に連れてこられたのだ。知らない人に着いていくのには抵抗があったけれど、確かにさっきまで国王様の隣にいた人だったから、本物の宰相様で間違いないだろうと思った。


「でも、わたしの父親が国王様って……ふへへ。本当にかな。本当なら私、ちょっとすごくない? 王子様と結婚しなくても王族の仲間入りとか。……贅沢し放題じゃん?」


 王子様を落とす恋愛小説のヒロインよりもついている。結婚相手の顔色を窺わなくても、生活が保証されるのだ。素晴らしいことじゃないか。

 パーティー会場を出るときに通りかかった部屋の中で、国王様と王妃様が言い争いをしていた。そこから漏れ聞こえてきた内容が、どうやら私のことのようだったのだ。


『あの銀桃の髪色の噂を聞いたときから、貴方と公爵、どちらの子かしらと覚悟はしていましたが……本当に貴方の子だったなんて! 言い訳ができるならしてみなさい!!』


『──……若気の至りで……』


『そもそも、子供ができたならその母親は側妃なりなんなりにするのが筋ではなくて? 男として最低限の責任よ。それすらできないヘタレ国王なんて、笑い草だわ』


『それは──』


『黙らっしゃい!』


 争いの声が聞こえてきたとき、宰相様はちらりと私の顔を見て、顔を顰めた。つまり、そういうことだろう。それから、私の心はざわついて仕方がない。

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