明かされた真実と断罪イベント7

 ジョエル殿下はここに来てようやく私を座らせてくれるつもりになったようだ。溜息を吐いて立ち上がり、私の手を取ってソファまでエスコートしてくれた。当然向かい側に座るのだろうと思っていると、手を離さないまま私の隣に腰掛けてくる。それどころか、腰に手を回してきた。

 密着する身体に、それまでのことなどすっかり忘れて、私は頬を赤く染める。この姿勢では、扇で顔を隠すこともできない。


「えーと……殿下?」


「また離れたら、今度はどんな勘違いをされるかたまったもんじゃない」


 ジョエル殿下はむすっと頬を膨らませた。


「そんな、私は──」


「いいから、少し話を聞いてくれ」


 真剣な瞳を向けられ、私は素直に頷いた。

 ジョエル殿下の話はこうだ。

 進級と共に編入してきたオデット様は、王族特有の髪色をしていた。特に王家の血が濃くなければあり得ない色から、実は大人たちの間でも噂として囁かれていたらしい。勿論、王家の問題だからこそ、表立って言う愚か者はいない。それでも、王妃様とシュヴァリエ公爵夫人の耳には入る。


「俺は、母上からオデット嬢の出自を探るように言われて、調べてたんだ」


 後になってレオンス様も調べていることが分かり協力したが、それまでは国王陛下かシュヴァリエ公爵のどちらかが父親である可能性があるからと、互いに情報を隠していたらしい。

 そこまで聞いて、私は声を上げた。


「でしたら、私もいれてくださればよかったのに」


「リュシエンヌの父上は宰相だろ。国で最も『国王陛下』に近い男に、万が一にも悟られたくなかったんだよ。だから、離れてても想いは側にあるって伝わるかと思って、花を──」


「分かる筈ありませんわ!」


 あの花からそこまで読み取るなんて不可能だ。というかそれなら、相応しい花言葉の花を贈るべきで、間違っても別れを匂わすものを選んではいけないだろう。または、手紙を添えるとか。ジョエル殿下の性格からして、気障な手紙は書けなかっただろうけれど。


「わ……っ、るかったよ。花言葉がそんなに大事だって、知らなかった……いや、知ってるつもりで、そんなに気にしてなかった」


 ジョエル殿下はばつが悪そうに目を逸らしてから、話を続けた。

 オデット様の母親であった『エミリア』様は既に亡くなっているけれど、王宮で働いていたことは分かったから、そこから名簿を見つけ当時の同僚を探した。結果、レオンス様の屋敷で働いていることが分かった。後はシュヴァリエ公爵夫人に確認してもらい、国王陛下とシュヴァリエ公爵によって邪魔をされながらも、どうにか二日前に答えに辿り着いたらしい。


「オデット嬢は、国王である俺の父上の子供だ。俺にとっては、腹違いの妹だな。──だから、その……俺達の婚約破棄は前提から成り立たん!」


 ジョエル殿下は胸を張った。


「異母兄妹の禁断愛……」


「なわけないだろ!?」


 私は殿下の話に、悪役令嬢になれなかった自らの詰めの甘さを思い知った。

 言ってはみたが、本心から禁断愛の可能性を考えたわけではない。つまり、ジョエル殿下はまだオデット様本人に言うわけにはいかなかった事実を隠し、かつ面倒事を避けるため、そして余計な男をオデット様に近付けないように側にいた。

 今日エスコートしてきたのも、兄が妹をエスコートしたのなら何もおかしなことはない。

 つまり、私は悪役令嬢にはなりえない。


「──……似合わないのに赤いドレス作ったのにーっ!!」


 こんなことなら、もっと純粋に、私に似合う色を追求すれば良かった。意味の無いドレスにお金をかけるよりも、好みのドレスにかけたかった。


「後悔するのそこかよ?!」


 ジョエル殿下が私の勢いに若干引きながら、きっぱりと言う。


「当然ですわ! 何よ、殿下のケチ。馬鹿ー!!」


 何もしないのでは気が済まない。私の今日までの努力は全て水の泡だ。

 何のために悪役令嬢になろうとしたのか、さっぱり分からなくなってしまった。

 私は腰に回った手をべりっと引きはがし、両手でぽかぽかとジョエル殿下の胸を殴った。たいした力は入れていないが、それにしても無駄に厚い胸板のせいで全くダメージがなさそうだ。

 正直、安心した気持ちもあった。ジョエル殿下が今も心変わりすることなく、私を想ってくれている。殿下はなかなか気持ちを言葉にしてくれないから(私も恥ずかしくてあまり言わないが)、婚約は破棄しないとはっきり言ってくれたことの嬉しさが、今になって心を満たしてきている。

 素直になれない私は、こうして反抗することしかできない。


「おい、いい加減にしろ」


「うぐっ」


 ジョエル殿下が私を抱き締める。いや、むしろ押し潰すと言った方が正しいかもしれない。胸を叩いていた手まで、動かすことができなくなってしまった。それほどの密着感だ。

 こんなに強く抱き締められたことなんてない。顔が、身体が、全部が沸騰してしまったかのように熱かった。耳元で響く鼓動が、私のものではないみたいだ。


「な、ななな!殿下、何を……」


「──何が楽しくて愛してる女と婚約破棄しなくちゃいけないんだ! 好きなら素直に俺と結婚しろ!!」


 殿下が顔を私の首筋に埋めた。そして、甘えた子供がするようにすりすりと擦り付ける。肩口が開いたドレスなので、とてもくすぐったい。それなのに抱き締めたままの腕の強さは、間違いなく男性のそれだった。

 余りに居た堪れなくて、どうしようかと迷って視線を彷徨わせると、入口の扉が目に留まった。よく見ると隙間が空いている。そこから覗いている顔は、私のお母様と、王妃様……レアとレオンス様までいる──!?


「あの。で、殿下! そろそろ──」


「嫌だ。俺は傷ついたんだ」


 ジョエル殿下は気付いていないのか、全く動こうとしない。


「でも……」


 恥ずかしさが振り切れてしまった私は、抵抗とも言えない弱々しい声を上げるしかできなかった。ジョエル殿下は、そんな私を知ってか知らずか、首筋に当たっている唇を動かして、しっかりとした声で主張した。


「お前は俺のヒロインだ。決して悪役令嬢にはなれない。俺が他の女なんて見るわけがないんだ。──……それが分かるまでここにいろ」


 抱き締める腕は緩めてくれなくて。ついでに首元で話すからくすぐったくて。というか覗き見られていて。

 それでも殿下の甘い言葉と力強い腕が、私の身体を拘束している。

 卒業パーティーには、もうしばらく戻ることができなさそうだ。

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