明かされた真実と断罪イベント6

 このままでは埒が明かないと、王妃様の提案で私とジョエル殿下は場所を移して話すことになった。会場である大広間の隣室にある控室へと移動し、人払いもしてもらっている。

 なお、オデット様は引き続き卒業パーティーの会場にいるらしい。悔しい、逃げられた。

 目の前には不機嫌な私の婚約者様。王妃様もお父様も会場にいるらしいし、何故か国王陛下はこれだけの騒ぎになってもこちらには一切構ってこない。

 私はソファにも座らせてもらえないままだった。

 ジョエル殿下は部屋のカーテンが全て閉まっていることを確認してから、腕を組んで口を開いた。


「それで? ……まずはリュシエンヌの話を聞こう。どうして俺と婚約破棄したいと思ったんだよ」


 その顔には不本意だと書いてある。

 今となっては勘違いだとほぼ判明してしまったことを態々説明するのは、正直恥ずかしかった。しかしこのままでは納得してもらえないだろうと、私は覚悟を決める。

 それでも全てを受け止めるだけの勇気はなくて、扇を広げて顔の下半分を隠した。


「ええと、そうですわね……ジョエル殿下に幸せになっていただきたかったからですわ」


 私の言葉に、殿下は訳が分からないといった表情をする。


「それが何故婚約破棄になるんだ」


 ジョエル殿下の眉間に、深い皺が寄ってしまった。

 私はなかなか分かってくれない殿下に嘆息して、正しく伝わるよう、丁寧に説明しようと試みた。そもそも、怒りたいのは私の方なのだ。婚約破棄をするつもりもないのに、一人の令嬢とだけ懇意にするとは、男として最悪だ。

 さっき、王妃様に私一筋だと言っていたけれど、あれは本気なのかしら。これもまだ判断ができない。


「恋愛小説では、幼い頃からの婚約者がいるヒーローが、身分のあまり高くないヒロインと恋に落ち、幾多の壁を乗り越えて結婚するのですわ。そして二人はいつまでも幸せに暮らすのです」


 私の説明を聞いたジョエル殿下が、首を捻った。


「……しかし、そのヒーローには婚約者がいるんだろう」


「だからこそ、その婚約者は悪役なのですわ! プライドの高い悪役令嬢は、恋敵に色々な意地悪を仕掛けるのです。そして試される愛の力、乗り越えて得る幸せ……」


 話しているうちに楽しくなってきた。私は思わず頬に手を当ててしまう。

 そう、だからこそ恋愛小説は楽しいのだ。あり得ないような話で、夢を見ることができる。現実では王子様と恋愛なんてしたら、厳しい王妃教育が待っているし、自由も制限される。そもそも王族が純粋な恋愛結婚なんて、まずないと言っていいだろう。

 あら? ジョエル殿下の元気が無くなってきたわ。


「最後には悪役令嬢は断罪されて、ヒロインは実は高貴な血筋だったことが判明するのです! 約束されたロマンスですのよ!」


 物語の後の二人は、いつまでも幸せに暮らすのだ。

 額に青筋を浮かべた殿下が、貼り付けた笑顔で私を見る。


「──それで?」


「初めてオデット様を知ったとき、私は確信しましたの。彼女はヒロインになるべくして学院へいらしたのだと! 平民に育てられながら、その美しさによって領主である男爵に養子に出された……なんて、そんなのヒロインの鉄則ですわ。ジョエル殿下も距離を縮めていらっしゃいましたし、憎からず思っているのでしょう? ──それに殿下……あの髪の色は、王家の血が流れている証拠ではございませんか! 彼女なら身分的にも問題ありませんわ!!」


 ジョエル殿下はついに頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。構わず私は続ける。いつの間にか興奮し過ぎて顔を隠すことを止めていた扇で、ドレスの膨らみをぺちぺちと叩いた。


「だから、ジョエル殿下が幸せになるには、悪役令嬢である私を断罪し、ヒロインであるオデット様と結ばれる必要があるのです!」


「それは、俺の気持ちを多大に無視しているが──」


「ヒーローはヒロインを好きになるものですわ。ジョエル殿下はオデット様を抱き締めていらっしゃいましたし……」


「いつだ!?」


 ジョエル殿下が、がばっと勢い良く顔を上げた。驚いているのだろうか、瞳には困惑の色が浮かんでいる。


「少し前に、放課後の空き教室で、ですわ。棚の影に隠れるように座っていて……オデット様が上だったことには驚きました」


「それ、転んだオデット嬢を庇っただけだ」


 今度は私が驚く番だった。あんなに悩んで、決意したきっかけになったあの姿が、まさかの『転んだ』結果とは。

 いいえ、それでもジョエル殿下がオデット様を気にかけていることは変わらないわ。


「──ですが、あんなに一緒にいたのですから、お好きなのでしょう?」


 使っていなかった扇をもう一度持ち上げ、顔を隠す。怖かった。もしこれで、そうだと頷かれてしまったら。もう覚悟していた筈の失恋が、今になって私の表情を歪める。こんな顔、とても見せられない。

 扇の隙間から見えたジョエル殿下は、どうしてか、酷く困っているような、情けない顔をしていた。


「それは、オデット嬢を調査するように母上から言われていて……」


「──は? 調査?」


 まさかここで王妃様が出てくるとは。私は思わず下げてしまった扇を慌てて持ち上げて、話の続きを促す。


「オデット嬢が父上か誰かの隠し子の可能性もあるから、様子を探って報告するよう言われてたんだ」

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