明かされた真実と断罪イベント5

 その瞳を正面からまっすぐに向けられたら、年頃の娘ならば誰もがのぼせ上がってしまうだろう。そう、私を除いて。たとえ愛しいジョエル殿下相手であっても、私は正気を保っていられる。これは幼馴染である私の強みの一つだ。

 その目がゆっくりと細められる。じと、という表現が相応しいような表情で、殿下は私を睨んだ。


「まさか……今日はお洒落してるなと思ったが──」


「お洒落? 私の、最っ高の悪役令嬢スタイルですわ!!」


 そう。華やかなドレスも、高価な宝石も、全てはこの断罪イベントのためだ。イベントは……今のところ、失敗してしまったようだけれど。

 ジョエル殿下は溜息を吐いて、今にも座り込んでしまいそうな程に落ち込んでいる。手首を掴んでいた手が、力を失ってぽとりと落ちた。


「俺のためだと思ったのに……」


 あら、何か勘違いしていらっしゃる? ジョエル殿下は何も分かって下さっていないのね。

 そもそも私が、殿下のため以外にこんなに頑張るなんて、あり得ない。いや……もしも国のためだと言われたら頑張るけれど、それだって殿下の幸せに繋がることだろう。

 誤解は解いておきたい。私は空いた両手で扇をぱちんと閉じて、胸を張った。


「違いますわ、ジョエル殿下。貴方を最高に輝かせるためにこその! 私の悪役令嬢スタイルなのですわ」


「だから訳分かんないって言ってんだろ!?」


 ジョエル殿下ががっくりとうな垂れた。


「花……そうか、花言葉か。最初は気にしてたけど、綺麗なら良いかなって思ったんだよなぁ……やっぱ、駄目だったか……」


 さすがにここまで落ち込まれると、ジョエル殿下が可哀想になる。まして、殿下が言っていることが正しければ、心変わりなんかしていなかったことになるのだ。行動を振り返ると、勘違いされるのも自業自得だと思うけれど。

 しかし、つまり、ジョエル殿下は今でも私のことが好き──いいえ、待って。そう決めつけるのはまだ早いわ。

 私はこれまでの学院でのジョエル殿下を思い出し、首を左右に振る。避けられていたし、オデット様とばかり話していた。二人きりの場面だって、何度もあった。

 簡単に信用できるはずがない。

 私がどうしようか悩んでいると、背後から淑やかなのによく通る声がした。


「──貴方たち、何をしているのです」


 はっと振り返った先にいたのは、王妃様だった。いつの間にか王族席からこちらまで歩いてきていたようだ。まったく気付かなかった。

 王妃様がこちらに来てしまったことで、また皆から注目されてしまっている。

 ジョエル殿下は慌てて居住まいを正し、王子様の仮面を被り直した。

 私も姿勢を正して礼をとった。周囲の人々も、教師達まで一斉に頭を下げる。まさに物語の中の光景のようだ。


「いえ……母上。何もございません。私達の問題ですので」


「騒々しいこと。私達の席まで、お前達の婚約破棄の話は届いていますよ?」


「しません!」


 王妃様の言葉に、ジョエル殿下は息をつく間も無く反論した。簡易王族席には、取り残されて傷ついたような表情のオデット様と、何が起きているか分からないという顔のセドリック様。レオンス様は何かを諦めた顔で目立たない端に避けていた。ずるいわ。


「ですが、この子はそのつもりのようですよ。──我が息子ながら、好いた令嬢の心すら掴んでいられないなんて……一体、誰に似たのかしら?」


 ちらりと王族席(にいる国王陛下)に目を向けた王妃様の顔から、すうっと温度が消えた。

 ジョエル殿下も国王陛下をちらりと見て、首を左右に振る。


「私はリュシエンヌ一筋です。一緒にしないでください」


 それまで国王陛下の側にいた私のお父様が、王妃様を追って近付いてきた。

 私は対応に困ってしまって、ただひたすら王妃様達の視界に入らないようにしようとした。丁度良く近くにいたジョエル殿下を盾に身を縮める。


「──こら、リュシエンヌ。俺の背後に隠れるな」


 ああ! ジョエル殿下の意地悪ぅ。

 お父様がそんな私を見て深く嘆息する。しかし次の瞬間には満面の笑みを浮かべて、王妃様に向かって恭しく頭を下げた。お父様のこんなに素敵な笑顔、久しぶりに見たかもしれない。清々しい晴れやかな表情だ。


「私の娘がお騒がせ致しまして申し訳ございません。ご不快でしたらどうぞ、婚約を破棄──」


「だからしませんって!」


 ジョエル殿下は、私のお父様が王妃様に向けた言葉も途中でぶった切った。

 お父様が片眉を上げ、不快そうに殿下を見る。王妃様も厳しい表情を向けていた。その影に隠れている私まで肩身が狭い。ジョエル殿下の表情は見えないけれど、きっと顔を引きつらせているだろう。それでも引く様子はない。

 この場を収められるのは私だけだろう。そう思って、ジョエル殿下の肩をぽんと叩いた。振り返った殿下に、できるだけ安心してもらえそうな笑顔を作る。 


「ジョエル殿下、少し落ち着いて……」


 私が口を開いた瞬間、ジョエル殿下はくるりとこちらを振り返った。


「誰のせいだー!!」


 その嘆きは優雅な筈の卒業パーティーの会場中に、これでもかと響き渡った。

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