明かされた真実と断罪イベント4

「貴女との婚約を、白紙に──……戻す訳がないだろ馬鹿かお前!?」


 ジョエル殿下が焦ったように腰を半分上げて叫ぶ。

 私の望んだロマンス小説は、目の前でそのヒーローであるはずのジョエル殿下に壊されてしまった。セドリック様は驚きに目と口をぽかんと開けている。レオンス様が右手で額を押さえた。


「酷いですわ、ジョエル殿下!」


「酷いのはお前だリュシエンヌ! そんなに俺と結婚したくないのか?! そんなに嫌いか?!」


「何を仰っているのですか? 私達は親同士が決めた婚約者ですが、私は殿下を愛していますわよ?」


 何を言っているのだ。私にとっては今更の質問だった。

 ジョエル殿下はもう涙目になってしまっていて、私はどう言ったら良いか分からなくなる。こうなってしまえば、悪役令嬢もなにもない。計画が崩れていく音が聞こえるようだ。まさか、殿下からこんな返しがくるとは予想していなかった。

 ついに立ち上がってしまった殿下が、なおも言い募る。


「はぁ?! 何言ってんだお前! じゃあ婚約破棄する理由なんてないだろ!」


「え。殿下はオデット様がお好きなのでしょう? 私のことは気にせず、どうぞお二人で……」


「俺が好きなのはお前だ! 嫌いな女に花なんか贈らねえよ!?」


 花。ジョエル殿下がこまめに贈ってくれていたあれのことだろうか。

 最初こそ鈴蘭とか可愛らしい花だったけれど、途中から花言葉はぐちゃぐちゃで。毎回調べてはいたけれど、ときには酷く傷付けられた。


「ですが……殿下、黄色い薔薇とか贈ってきたじゃないですか」


「ああ!? それがどうしたんだ」


「黄色い薔薇の花言葉は、『愛情の薄らぎ』ですのよ」


 明らかに別れを匂わせた花だ。やはり噂の通りにジョエル殿下はオデット様をお好きなのだと思い、飾りながらも心を痛めた花だ。


「知るか!! 俺は……ただ、綺麗に咲いてたから、見せてやりたいと……」


 まさかの、自覚がなかったときた。

 既にオデット様は蚊帳の外だ。ぽかんとした顔で、王子様の仮面をかなぐり捨てたジョエル殿下と、当然のように言い合いをする私を見つめている。

 あぁ、私のロマンス小説の素敵ヒロイン。誰か気付いてあげて。……気付かないのね、じゃあ、私が主役に戻してあげるわ。


「ですがさっきの断罪イベントは──私のこれまでの罪が白日の下に……」


 私の言葉に、殿下は呆れ顔だ。……あ、今溜息吐いたわね。


「断罪イベント? って、オデット嬢が言ってたやつか。……あんなの勝手に言ってるだけだ。大体突き落とそうとしたのお前じゃないだろ? 普通にいい迷惑だ」


 う。痛いところを突いてくる。確かに嫌みっぽく注意はしたが、虐めの犯人は私ではない。

 しかし、おかしい。ジョエル殿下がオデット様の虐めの犯人を知っていると言うのか。当事者の私でさえ知らないというのに。


「なんでそんなことが分かりますの!?」


「あのなぁ、犯人ならもう調べてあるし……そもそもその事件が起きたとき、お前は俺達と一緒に食堂にいただろうが!」


 私は思わずぽかんと開けてしまった口を慌てて扇で隠した。

 そうだった。その日は珍しく、ジョエル殿下とレオンス様と一緒に食堂にいた。新商品のスイーツを食べるため、食堂でそれぞれの親から依頼された仕事についての話し合いをすることにしたのだ。いつもなら別棟の空き教室に篭っているところ、食堂にいたのだから、当然、皆にも目撃されている。


「わ……私が、誰か友人に頼んだのかもしれませんわ!」


 まだ諦めたくない私は声を張る。ジョエル殿下はいつまでも認めない私にしびれを切らしたのか、かつかつと足音を立ててこちらに歩いてくると、がしっと勢いよく私の手首を掴んだ。


「──良いか、よく聞け。リュシエンヌ、お前……友達いないじゃねぇか!!!」


 殿下の絶叫で、周囲の人々がこれは只の痴話喧嘩であると判断したのか、何事もなかったかのようにパーティーが再開された。噂の通りでなかったことに安心する声と、期待外れだと残念そうな声。そのどちらも、今の私の悔しさを膨れ上がらせていく。

 オデット様が、皺の入ったドレスを握り締めてぷるぷると震えている。


「殿下、酷いですわよ? 女の子にこんなに恥をかかせて」


 手でオデット様を示すと、オデット様は小動物のようにぴゃっと跳び上がった。


「いやいや、そもそも先にお前を嵌めようとしたのアイツだから。って言うか、リュシエンヌ、やってないならちゃんと否定しろよ!」


「嫌ですわ、私は悪役令嬢ですのよ!? 断罪イベントで適度に断罪されなければ、悪役令嬢失格ですわ!!」


 ジョエル殿下は私を頭から足の先までしげしげと眺める。その視線が、私の胸元で輝く大粒のアメジストで止まった。

 一拍置いて、はっと何かに気付いたように目を見開く。零れ落ちてしまいそうなサファイアの瞳は、こんなときでも綺麗だ。

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