明かされた真実と断罪イベント3
◇ ◇ ◇
大広間からは、華やかな音楽が漏れ聞こえている。既に卒業パーティーは始まっているようだ。私は今日のために用意した深紅のドレスの裾を両手で持ち、廊下を会場へと急いでいた。
衣装は父がオートクチュールでオーダーメイドさせてくれたお陰で、最高の悪役令嬢らしいドレスに仕上がった。深紅のドレスには華やかに薔薇の生花をあしらい、大粒のアメジストで揃えた装飾品を身に付けた姿は、まさにロマンス小説の悪役令嬢そのものだ。
「遅刻するのも、悪役令嬢としては当然のことよね」
だって今日は、いつも私をエスコートするジョエル殿下はオデット様と共にいる。
いくら割り切ったこととはいえ、いざとなると少し心にくるものがあった。ジョエル殿下を幸せにするには、ヒロインとの結婚は絶対。いつまでもうじうじするのは嫌だから、邪魔になる私は適度に断罪されて、さっさと物語から退場しよう。後は二人で勝手に仲良く楽しくやってもらえればいい。
音楽が少しずつ大きくなる。同時に皆が会話している声も聞こえてくる。ジョエル殿下が私以外の令嬢をエスコートしたのだから、皆、今日の話題には事欠かないだろう。最近噂されていた『リュシエンヌはジョエル殿下に愛想を尽かされたらしい』という話にも真実味が出る。
私はようやっとたどり着いた大広間の扉を思い切って開けた。
瞬間、大広間から人の声が消える。音楽だけが虚しく流れ続けている。
私は居心地の悪い皆の視線を背負って、令嬢らしく優雅に一礼した。
「──殿下! あの女です!!」
その奇妙な沈黙を破ったのは、一つの甲高い声だった。
オデット様……いくら何でも、その言い方はヒロインらしくないわ。もっと頑張って。
私は奇妙な静けさが満ちたパーティー会場を、周囲など気にしていないかのような振る舞いを意識して進む。気にならないわけが無いのに。
大広間の最奥にあるステージには国王夫妻のための王族席が、その手前に、学生だが王族のジョエル殿下に気を遣って学院側が用意してくれた簡易王族席がある。その簡易王族席に、オデット様はいた。用意された椅子に座るジョエル殿下の横に立ち、腕に縋り付くようにして立っている。可愛らしいピンク色のドレスはプリンセスラインで、ふわふわと広がった裾が愛らしい。見た目だけなら、本当に妖精のようだ。ただ、せっかくのドレスが殿下の椅子にめり込んで、形が崩れているけれど。
反対側にはレオンス様。レオンス様がいつも殿下の側にいるのは当然だけれど、今日はその横に、騎士団長の息子である騎士見習いのセドリック様がいた。今もオデット様をちらちらと見ているあたり、どうやらこれだけジョエル殿下に夢中な姿を見せられても、まだ諦めてはいないらしい。
私は、私を指差すオデット様の正面に立ち、ジョエル殿下に一礼した。殿下は状況が呑み込めていないのか、私とオデット様とレオンス様の間できょろきょろと視線を泳がせている。
ちらり、と王族席の国王夫妻に目を向けると、俯く国王陛下の顔は見えないけれど、鋭い視線の王妃様と、面白そうな顔でこちらを窺っているお父様がいた。慌てて見なかったふりをする。
「あの女、とはご挨拶ですわね。──ご機嫌よう、ジョエル殿下」
「あ、ああ……」
うわの空で返事をするジョエル殿下に、私は溜息を我慢する。
しかしそんなことは構わないと、オデット様が私を睨んだ。夕暮れ色の瞳は、やはりとても幻想的で美しい。
「殿下。私……ずっと、虐められていたのです」
オデット様はうるうると瞳を潤ませ始めた。
「リュシエンヌ様には、人前で私を辱めようと私の言動を非難されたり、殿下とダンスをした後で嫌味を言われたり……。それに、先日には!私を階段から突き落とそうとしましたわ! そんな女、殿下の婚約者には相応しくありません!!」
オデット様は悲劇のヒロインよろしく人々の視線を集め、はらはらと涙を流しながら私を指差す。光が当たると独特の桃色に光る銀髪を振り乱しているのが残念だ。もっとおしとやかにした方がヒロインらしい。
ジョエル殿下は自分に縋り付いているオデット様を困惑の瞳で眺めている。
始まったわ、断罪イベントが! 私はこれを待っていたのよ。オデット様は……ヒロインには少し、いや、大分残念なところはあるけれど、まあ、良いわ。大切なのは殿下の気持ちだもの。
階段から突き落とそうとしたのは私ではないけれど、結局犯人は見つからなかった。誰かがやったことなら、この場だけでは私が被っても良い。後で犯人を突き出せば、私は何も言われないもの。
今は、精一杯悪役として振る舞うだけ。
「あらあら、オデット様。弱い犬ほど良く鳴くと言うんですのよ?」
私は扇で口元を隠し、ふふふと笑った。この騒ぎの当事者の一人であるはずのジョエル殿下はこの私の言葉にどう反応してくれるかしら? 考えると楽しくなってくる。
「リュシエンヌ、それは言い過ぎではないか」
レオンス様が顔を顰める。困っていますと顔に書いてあって、私は必死で笑いを堪えた。
「そうだぞ。オデット嬢が可哀想ではないか!」
こっちはセドリック様だ。さすが、素直にオデット様を信奉しているだけある。拳を握り締めて怒りを押し込めようとする態度は、取り巻きとして素晴らしい。
そして、殿下が決め手になるあの言葉を言うのよ! 早く、早く。心臓がばくばくと煩い。苦しいのか、寂しいのか、嬉しいのか。よく分からない高揚感に、頬が染まった。
ジョエル殿下が、深い溜息を吐く。
「リュシエンヌ。お前にはがっかりだ」
さぁ、続けて! あの台詞を! 王道ロマンス小説のヒーローの名台詞! 生で聞ける幸せったらないわ。まして、最愛の彼のものならより素晴らしい!!
「貴女との婚約を、白紙に──」
ジョエル殿下のサファイアよりも美しいブルーの瞳が、きらり、と輝いた。
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