明かされた真実と断罪イベント1
◇ ◇ ◇
「証拠、揃ったな!」
俺はいつもの別棟の特別室で、机に広げた書類を前にほくそ笑んだ。
『エミリア』を見つけた後は早かった。同時期に同じ部署で働いていた女性が、何人もほぼ同時に解雇されていたのだ。それも、通常よりも多い退職金を握らされて。そしてその女性達は皆、シュヴァリエ公爵家に再雇用されていたのだ。
シュヴァリエ公爵家とは、つまりレオンスの家だ。父上達は兄弟で共謀して事実を隠蔽していたのだった。レオンスが公爵夫人に報告し、夫人から信頼の置ける者に探りを入れてもらったところ、『エミリア』は災害によって領地を維持できなくなり、爵位と領地を国に返上した男爵家の令嬢だったことが発覚した。
「やっとですね、ジョエル。ですが……貴方は、複雑な心境になりはしないのですか。異母妹が増えたのですよ」
「ああ。増える覚悟は、この調査を始めたときからしてたさ。前にも言ったけどな、男じゃないから大丈夫だろう。母上には……まだ報告してないけどな」
公爵夫人にも口止めをしている。
「ですね……王妃様、お怒りになるでしょうから」
話はこうだ。
当時の国王──俺の祖父の温情で、元男爵家の者達は王宮の上級使用人職を与えられていたらしい。『エミリア』には令嬢の素養があったため、ある客間のパーラーメイドとして勤めていた。
『エミリア』はそこで当時王太子であった父上と公爵と接触──というよりも、使用人へと身分を偽ってお忍びで行動していた父上達兄弟と仲良くなった。友人として関わっていた公爵とは違い、父上は本来の身分を知らない愛らしい女性に夢中になり、交際を始めた。そして妊娠が発覚したことをきっかけに、『エミリア』は父上が王太子だと知ることになる。
母上が正妃として俺を妊娠中だというときに他所でも子供を作っていた父上には呆れることしかできないが、それでも父上は『エミリア』を側妃として迎えようとしたらしい。しかし『エミリア』は王太子と恋仲になったのではないとそれを拒否し、仕事を辞めて姿を暗ませてしまったのだ。
「だな。──父上は分かるが、公爵まで隠蔽に協力するとは」
「あの二人、仲良かったんですねぇ」
「隠しておいて将来どうするつもりだったんだか……」
決定的に言い逃れできなくするための証拠は、オデット嬢が持っていた古いハンカチーフだ。王室御用達の店の品で、父上のイニシャルが入れられている。オデット嬢は、それは母親の形見で、唯一持つ父親の手掛かりだと言っていた。
その店は古くから、王族に売る素材にだけに使っているという薬品がある。なんでも、同じ素材を使っていても仕上がりが変わるのだそうだ。これは店のこだわりで、他の客には使用しないことにしているらしい。
既に古くなったハンカチーフだが、分析させれば繊維から薬品は検出されるだろう。
つまり、そういうことだ。
「全くですが、まあ良いではありませんか。後は、いつ伝えるかですね」
レオンスが溜息を吐いた。
「明後日卒業パーティーだろ? 揉めるのは困るし、その後にするさ」
「そうですね、それが良いと思います。──ジョエルは、パーティーはリュシエンヌと?」
レオンスの質問に、俺は首を左右に振った。
「いや。そのつもりだったんだが……オデット嬢と参加することになりそうだ」
俺の言葉に、レオンスが珍しく顔いっぱいに驚きの表情を浮かべる。
「え」
「え、じゃねえよ!」
俺は頭を抱えて天を仰いだ。
レオンスはしかし俺の話に興味津々なようで、深く話を聞こうと姿勢を正した。
「ではリュシエンヌは──」
「『一人で出席しますわ』って言われた。ああ……俺、もしかして振られた? げ。もしかして、俺、浮気と勘違いされてるか!?」
俺はそのときのことを思い出す。
オデット嬢は当然のように、殿下がエスコートしてくれるなら安心です、と言ってきた。無邪気なような表情に断れず、また他の者に任せることもできず、俺は了承して決まったのだ。
内容が内容なので、俺はリュシエンヌが王宮に訪れる予定が無い日に、バルニエ侯爵邸に足を運んだ。応接間に現れたリュシエンヌは仕立ての良い紺色のドレスを着ていた。豊かな髪は緩く結い上げられていて、直前まで自室で寛いでいた様子が窺えた。わざわざ着替えてくれたのかと思うと、少し嬉しかった。
申し訳なく思いつつも話を切り出せば、リュシエンヌはきらきらと瞳を輝かせて、殿下はオデット様と出席されるということですの、と聞いてきた。頷くと、なぜか嬉しそうに、では私は一人で出席しますわ、と言い放ったのだ。
物分かりが良いのは構わないが、何か行き違いがあるような気がしてならない。
「……勘違いされていたとしても、すぐに妹だと知ることになるのですから大丈夫でしょう」
レオンスの言葉に俺は縋り付きたくなった。いや、やらないが。
「本当か? 嫌われないか!?」
「あーもう! ちゃんと連絡はしていたのでしょう?」
「ああ。ずっと花を贈って、カードを添えていた」
今日までずっと、カードを添えた花を贈り続けている。最早日課のようになって、最初は調べていた花言葉も調べなくなったが。それでも庭に出て、綺麗だと思った花を摘んでいる。何を書いていいか分からないから、カードはいつも同じ文面になってしまっているが。
「でしたら、想いがあることくらいは伝わっているのではないですか?」
「…………だな!」
俺は気を取り直して頷いた。
卒業してしまえば忙しくはなるが、リュシエンヌと結婚できる日が近付く。一年なんてあっという間だ。お互い若い分、苦労もあるだろうが、協力して頑張ればいい。
オデット嬢と父上の血縁が明らかになれば、おそらくラマディエ男爵から引き取って王家で面倒を見ることになるだろうが、それも、家庭教師に任せておけばいいことだ。母上はきっと怒るだろうが、その怒りは父上に対してのもので、『エミリア』や何も知らないオデット嬢に向けはしないだろう。怖いが、分別がある人だ。
まずは、卒業パーティーを無事に乗り切ろう。俺は未来に希望を抱きながら、目の前の面倒事を見ない振りした。
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