それぞれの思惑とすれ違い10

「とはいえ、他に大事にせずに調べる方法なんてないですから……」


 レオンスも嫌そうに首を左右に振る。最も早く調べる方法は分かっている。王家に長く仕えている使用人に聞けばいい。使用人頭や侍女長なら、名前と働いていた時期が分かれば教えてくれるだろう。

 しかし、父上から箝口令が敷かれている可能性があり、更に俺達が聞きに来たことを逆に報告される可能性だってある。それはあまりに無謀だった。


「どっちの子供だか知らないけど、さっさと認めて頭下げればいいんだよ。こんなことを言っては何だけど、相手のその……エミリアさんだって亡くなってるんだから、側室をとるなんて事にもならないだろ。父上も公爵も、娘が増えるのは悪いことじゃないんだからさ」


 息子が増えてしまうと後継や相続で揉めるだろうが、娘ならば外交や社交における武器にもなりえる。

 そこまで考えて、俺はまたも溜息を吐く。


「教育は……必要だろうけどな」


「疲れてますね、ジョエル。オデット嬢はすっかり貴方に夢中ですから」


 その問題もあった。オデット嬢が、俺にすっかり懐いてしまい、側を離れなくなってしまったのだ。しかしレオンスはこのままで良いと言う。


「これ、必要か? これまで通り、オデット嬢がその辺の男口説いてたって、本人にその気が無ければ変わらないだろ」


「大問題ですよ。どっちの家の子であったとしても、下手に恋仲になった男などがいては面倒です。それだけならまだしも、万に一つ、間違いでもあれば……それこそ、取り返しがつかないですよ」


「だよなぁ」


 どちらの娘であったとしても、貴族にとっては手中に収めたら得しかない駒だ。本人にはっきりしたことが言えない以上、こうして牽制するしかない。分かっている。


「──……待っていてくれよ、リュシエンヌ。さっさと片付けるからな……!」


 俺はぐっと握った拳を天に向かって突き上げた。




   ◇ ◇ ◇




 決意を固めた私は、悪役令嬢を研究することにした。何事も、演じるにはまずその対象を知ることから始めるべきだ。

 悪役令嬢がでてくる小説を探すことは、そう難しいことではなかった。何せ、バルニエ侯爵家にはこれまでに集めてきた恋愛小説が沢山あるのだ。自室に入らない分は他の本と一緒に書庫に押し込んでいる。それも入れればかなり多い。

 更にこの手の小説は、本来はあまり高位貴族の令嬢が読むものではないので、シンデレラストーリーが殆どだ。シンデレラストーリーには、悪役が必要である。


「この令嬢も、赤いドレスだわ。……何で赤なのかしら」


 私は広げた紙に悪役令嬢の特徴を書きだしながら、頭を抱えた。高飛車、美人、高位貴族、縦ロール……そして、赤い豪華なドレス。


「赤って、似合わないのよね」


 私の髪は金で、瞳は紫だ。引きこもりゆえの肌の白さと大人びた顔立ちも相まって、似合うのはどうしても、寒色系のような気がする。例えばピンク色なんて、幼い頃に着て以来だ。オデット様なら、ピンクも似合うのでしょうけれど。

 とはいえ、やはりイメージは大切だ。悪役令嬢が涼やかな水色のドレスを着ていては、苛烈さが全く感じられない。ここは赤いドレスに宝石をあしらい、家の財力を見せつけるようなデザインにするのが望ましいだろう。

 私は立ち上がり、お父様の執務室へと向かった。今日は宰相であるお父様の数少ない休日だ。いつも通りならば、この時間は執務室で侯爵としての仕事をしている筈だ。


「──お父様、いらっしゃる?」


「どうぞ、お入りください」


 扉越しに声をかけると、いつもお父様と一緒にいる執事が入室を促す声がした。

 室内は、いつものように綺麗に片付いている。机に座っていたお父様が顔を上げ、晴れ渡るような笑顔で私の来訪を喜んだ。


「どうしたんだい、私の可愛い天使。会いに来てくれるなんて、嬉しいこともあるものだ」


「お父様! お仕事中に申し訳ございません」


「構わないよ。ほら、こっちへおいで」


 お父様に言われるがままに、私は執務机のすぐ側まで歩み寄る。私の顔を見て、お父様は安心したようにほっと息を吐いた。その後、僅かに眉間に皺を寄せる。


「学院生活はどうだい? こちらにも噂は耳に入ってくるけれど……」


 どうやら心配をかけていたようだ。噂とは、オデット様の髪の色のことだろうか、それとも私とジョエル殿下の仲についてのことだろうか。どちらにしても、今は触れない方が良いだろう。薮蛇になったら嫌だ。


「大丈夫ですわ、お父様。多くはありませんが仲の良い友人と、楽しく過ごしておりますから」


 微笑むと、お父様は少し期待外れのような顔をする。


「──……婚約破棄してくれると嬉しいんだけどなぁ……嫁にやらなくて良いし……」


「お父様?」


 お父様が下を向いて小さい声でぼそぼそと話すと、隣にいた執事が思わずといったように苦笑した。私は聞き取ることができなくて首を傾げて聞き返す。しかしお父様は何もなかったかのように満面の笑みで誤魔化してしまった。


「それで、何か用があるんだろう。言ってみなさい」


「卒業パーティーに向けて、新しいドレスを仕立てたいのですけれど……」


 こういったおねだりを、私はしたことがない。いつだって必要なときにはお母様が職人を招いてくれているし、きっと卒業パーティーのドレスも、私が言わなくてもその手筈は整っているだろう。

 現にお父様も、不思議そうな顔をしている。


「なんだ、そんなことか。好きに作って構わないよ」


「今回は、その……特に豪華にしたいのです」


 私はおねだりの理由を切り出した。


「特に? 珍しいことを言うものだね」


「ええ。赤いドレスに薔薇の生花をあしらって、金糸の刺繍とルビーの粒を散らしたいのです」


 私は恋愛小説をもとに練り上げたイメージをそのまま口にした。シルクとシフォンとオーガンジーを重ねた赤に、金糸で蔓を刺繍して、劣化防止の加工をした深紅の薔薇の生花と、ルビーを滴のようにあしらう。誰が見ても贅を尽くしている、立派なドレスだ。

 気まずい。とても気まずい。好みでないことは、お父様も分かっているだろう。

 お父様は詳しく聞いた結果、余計に訳が分からなくなったという顔だ。それでも、やはり私に甘いお父様はすぐに頷いてくれる。


「……赤? 似合わないとは思わないが、いつもは選ばない色だね。それに、妙に具体的な……はぁ、好きに作りなさい。普段そういったお願いごとをしてくることはないだろう? きっと、リュシエンヌにとって重要なことなんだね」


「ありがとうございます、お父様! ええ、とても大切なことなのですわ!」


 私は嬉しくて、座っているお父様に駆け寄り、ぎゅっと抱き付いた。淑女として相応しい行動ではないけれど、お父様は嬉しそうだし、私も温かくて幸せだから、良いわよね。

 私がお父様にこうやって甘えていることは、お母様にも内緒だったりする。

 他に何の準備が必要かしら。私はお父様に挨拶をして執務室を出た後、自室でまた悪役令嬢の研究に精を出すのだった。

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