それぞれの思惑とすれ違い6

「──つまりレオンスは、俺の父上と公爵が、二人で俺達の調査を妨害しているって言うのか」


「そうです。父が妨害しているのは私の情報網で分かってはいたのですが、まさか陛下まで……余計に絞り込めなくなりました」


 それは俺も同じ気持ちだ。父上が邪魔しているのなら、父上の子の可能性が最も高いと思っていたのに、まさかのシュヴァリエ公爵までも動いているとは。

 そして、隠していた筈なのに、俺が母上に言われて動き出すよりも早くオデット嬢について調べているとは。さすがレオンスだ。


「妨害されているのは私達の調査だけでなく、母上の調査もですが」


「はあ!? 何、夫人も調べてんのかよ!」


 俺はあまりの驚きに目を見開いた。シュヴァリエ公爵夫人は、父上の弟の妻で、母上にとっては義妹にあたる。そしてこの二人、非常に仲が良いのだ。当然のことながら、リュシエンヌの母親であるバルニエ侯爵夫人とも仲が良い。

 そして彼女達は、集まるととても怖いのだ。正直敵には回したくない。


「ええ。ちなみに、母上は今王妃様の部屋です」


「親子で忍んできたのかよ……」


 シュヴァリエ公爵夫人は行動力がある人だ。夫の不貞を疑えば、間違いなく自ら動くだろう。強い味方と言って良いのか、それともある意味では伏兵か。


「待ってくれ。今日、リュシエンヌはどうしていた?」


 俺ははたと気付いてレオンスを見た。俺としては、隠していることがばれないようにと距離を置いて顔を合わさないようにしていたのだが、もしかして、何か悪いことに巻き込まれでもしていないか。

 レオンスは溜息を吐き、首を緩く左右に振る。


「貴方は、そういうところが浅慮なんです。──リュシエンヌなら、気丈に振る舞っていましたよ。誰かさんのせいで、冷たい視線に晒されていましたが」


「は? 冷たい視線って、どういうことだ」


「当然でしょう。オデット嬢が貴族子息を篭絡しているのは皆が知るところです。そこに、リュシエンヌと婚約しているジョエルが二人きりで会っていたのですよ。それも、あんなに人目を引くところで。これで誰も何とも思わない筈がないじゃないですか。──……しかし、噂として回るには早過ぎると思うのですがね」


「嘘だろ!? はぁ……母上、恨むからな」


 ただでさえ、俺はリュシエンヌとの仲を進展させることができずにいるのだ。

 考えてもみてほしい。俺は一国の王子で、学院を卒業したら王太子になる。将来は国王となるのだ。結婚すればその相手は王妃になり、将来は国母となるだろう。リュシエンヌがそのために様々な努力をしているのを俺は知っている。

 だがそんな面倒な男が、リュシエンヌから好かれるだろうか。俺はそう思う度に、愛の言葉を躊躇してしまう。

 まして今、リュシエンヌはますます美しくなった。俺を選ばなくても、いくらでも相手はいるだろう。振られることを気にして、結果口説くこともできずにいるなんて、情けない。

 それなのに、そんなに気にしているのに、俺のせいでリュシエンヌがいわれもない噂に悩まされるなど。


「そもそも、ジョエルがしっかり口説いておかないのが悪いんです。まったく……」


「それ、お前だけには言われたくない」


 レオンスだって、口説けていないのだから俺と一緒だ。


「私と貴方は事情が違うでしょう! そもそも私の場合は、まだ幼いからと……」


「なあ、俺の妹、もう十四歳だけど。いつまでも子供だと思ってると、失敗するぞ」


「今は私の話はしていません」


 そう、リュシエンヌの誤解をどう解くかだ。母上がバルニエ侯爵夫人に伝えてくれたら良いのだけど、期待はできそうにない。


「そうだな。どうしたらいいと思う?」


 俺はあえてレオンスに問いかけてみた。レオンスは一瞬迷ったような表情を見せたが、手元の紙を広げて話しだす。


「まず現状を整理しますが、私とジョエル、二人の父上によって、様々な調査が行き詰まっています。ジョエルが使える影も、きっともう陛下によって何か別の任務を与えられていると思って差し支えありません」


「まじかよ……」


「ええ。そして、王妃様と私の母上が結託したと考えられる以上、バルニエ夫人にも伝わるでしょう。侯爵──宰相からの妨害はないと嬉しいのですが……宰相は陛下からの信が厚いので、どちらに転ぶか分かりません」


「う」


「分からない以上、リュシエンヌに事の詳細を伝えるのはまだ避けるべきです」


 レオンスが当然のように言った。しかし俺は違和感を覚え、言葉を挟む。


「でも待てよ。別に、リュシエンヌは関係無いんだし、話しておいたほうが安心してくれるんじゃないか?」


「宰相は娘を溺愛しています。リュシエンヌがこの話を知ることで、もし態度に出てしまったら? そのとき、宰相が陛下の味方をしていたら? ……宰相はリュシエンヌを通して、こちらの動きを探るかもしれません。それならば、最初から知らないままの方が安心です。それに、ジョエルがオデット嬢に惹かれていると周囲に勘違いされている方が、調査もしやすいでしょう」


 俺は下唇を噛んだ。レオンスが言うことは分かる。つまり、周囲には王女であるかもしれないと思わせずにオデット嬢に近付くには、ジョエル(とレオンス)が恋情を抱いていると周囲に誤解させるのが最も自然だということだ。

 そして、宰相にも勘違いをさせるために、リュシエンヌには黙っていようと言っている。


「それは、言う通りだが……」


 だがそれでは、リュシエンヌを裏切ったと思われても仕方ないのではないだろうか。宰相が婚約を破棄、または解消すると言わないとも限らない。口を濁した俺に、レオンスがとどめを突きつけた。


「まあ、リュシエンヌは気にしていないようでしたよ。彼女、あの程度の噂では揺らぐような人ではないですし。何なら今日、オデット嬢が苛められているのを助けたようですから」


 レオンスの言葉は、俺の心に予想以上に大きな傷を付けた。リュシエンヌは強いなと、俺は改めて感心する。そして同時に、俺との関係より、オデット嬢の安全か、と落胆もする。いや、そりゃ人としてその方が正しいのだけど……何だか複雑だ。


「そう、か。分かった」


「リュシエンヌの心を繋ぎ留めるために、贈り物でもしたらどうです?」


「……そうだな。この件、さっさと片付けるぞ」


 せめて、俺とリュシエンヌの仲が修復不可能になってしまう前にどうにかしたい。レオンスは俺の気持ちを正しく理解したのか、神妙な顔で頷いた。

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