それぞれの思惑とすれ違い5

 私は隠し扉を抜けて、王宮の敷地に不法侵入した。これが許されるのは、私がジョエルの従兄弟(そして一応王位継承権を持っている)だから、だろう。王族と連なる者でなければ、見つかった瞬間捕らえられてしまう。

 隠し扉の先は庭園に繋がっている。背の高い木々を分けて先に進むと、そこは有名な薔薇の庭園迷路だ。壁のように見える一部分が実は通り抜けられることは、庭師達の中でもごく一部の者しか知らない。薔薇の庭園迷路を抜けて、出口のところから左側に、地下の隠し通路への入り口がある。この隠し通路は本来私も知っていてはいけないものだ。

 決まった順番に歩きいくつかの階段を上ると、そこはジョエルの部屋の絵画の裏だ。


「ジョエルは……留守でしたか」


 生憎、ジョエルはいないようだった。机の上を見ると、紙が雑に置かれたままになっているので、作業を止めてどこかに──出掛けるときは片付けをする性格なので、きっと王宮内にいるのだろう。脱いだ服が雑にソファの背に掛けられているのを見るに、慌てて着替えたようだ。ならば国王と一緒だろうか。

 私は机に歩み寄り、その真ん中に置かれた紙の束を見た。どうやら、これの一番上の紙に何かを書いて持っていったらしい。


「──こういうところが不用心だといつも言っているのです。残念ですが、利用させていただきますよ」


 一番上の紙に残るへこみは、ペンの跡だ。ジョエルは相変わらず筆圧が強い。私はそれを手に取り、暖炉から灰を少し拾って、ソファに腰掛けた。服は端に除けたが、まあ問題ないだろう。

 ローテーブルの上に紙を置き、灰を優しく擦り付ける。ふうっと軽く息を吐けば、あっという間に文字が浮き出てきた。そこには、ジョエルの筆跡で、影への依頼文が書かれている。


「やっぱり、ジョエルも探っていたのですね。しかし、何も掴めていないのは、この依頼内容を見れば明らか……となれば」


 私はもう一枚紙を拝借し、そこにこれまでの情報をまとめていった。ジョエルが帰ってきたら、話し合いたい。今日、オデット嬢と話をしていたのも、これを調べるためだったのかもしれない。


「というか、それしか考えられませんね」


 ジョエルはリュシエンヌを好きだ。愛していると言ってもよいほどだ。それは幼馴染として胸を張って言える。ちょっとやそっとで心変わりなどする筈がない。

 そもそも、いまだに恥ずかしがって二人で出掛ける約束すらなかなか取り付けられずにいる初心な男が、意識している令嬢と二人きりで中庭で話などできないだろう。リュシエンヌにしてみれば、このような余計な噂に振り回されるのも迷惑なのだろうけれど。

 私は小さく溜息を吐き、ソファの背に身を任せた。




   ◇ ◇ ◇




 俺は謁見室で父上の仕事を見学し、更に執務の手伝いまでやらされた。影は日が沈むとあちらからの働きかけ以外では連絡が取れなくなる。父上に開放されたのはちょうど日が沈む時間だったから、当然それを知っていて妨害したのだろう。余計な時間は、情報を隠す暇を与えることになる。避けたいことだった。

 とはいえ、父上からの執務に関する依頼を断るわけにはいかない。これでも第一王子なのだ。俺はままならない現状に溜息を吐いて、自室の扉を開けた。


「お疲れ様です」


 そして、慌てて身体を滑り込ませて扉を閉めた。いる筈のない人物がそこにいたからだ。

 来客があればすぐに報告がくる。何も言われていないということは、おそらく隠れてやってきたのだろう。


「レオンス!?」


「ジョエル、待っていましたよ」


 レオンスは寛いだ様子でソファに座っていた。どこから用意したのか、テーブルには紅茶まである。


「ちょっと待て。俺、誰からも聞いてないけど」


「誰にも言っていませんから。隠し通路、使わせていただきました」


「俺も使えば良かったんだよな……」


 レオンスが言う隠し通路は当然俺も知っている。影に会いに行くとき、何故廊下を選んだのか。今更ながら俺は後悔した。隠し通路ならば、父上にも会わなかったのに。もともと緊急時の避難用(とお忍びのときの脱出用)だから、王宮内を移動するのに使う意識がなかった。

 俺は、レオンスの正面に腰を下ろした。


「その服装は、謁見用ですか。陛下に捕まっていたのですか?」


「ああ、そうだよ。ちょーっとばかし、タイミングが悪くて」


 俺は少し会話を誤魔化した。しかしレオンスはそれを許さない。


「影には、依頼できましたか?」


 その手には、灰によって文字を浮かび上がらせた紙がある。俺が書いた依頼書と、そっくり同じ文字が並んでいた。


「ああ! レオンス、おまえそれ──」


「ジョエルが悪いんです。こういった情報の管理は徹底しなければ」


 レオンスは残念なものを見るように目を細める。俺は何も言い返せずに、ばつの悪さを隠して睨んだ。


「どうせ父上に邪魔されて依頼できなかったよ」


「やはりそうですか」


 レオンスが俺を見て、面白そうに口角を上げた。きっと、隠そうとしていたこともお見通しなのだろう。


「オデット嬢に近付いたのは、彼女の実の父親が誰か、その手掛かりを探すためですね。……私も、私の父に邪魔されています」


 それからレオンスは、俺が知らずにいた情報まで、まとめて報告してくれた。

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