それぞれの思惑とすれ違い3
レオンス様はそう言って、長い溜息を吐いた。
私は分かり易く落胆した。ジョエル殿下がいれば直接話を聞けるだろう、もしもいなくても、レオンス様にならば殿下も何かを伝えているだろうと思っていたのに。
「レオンス様も何も聞いていないのですね。……何か、あったのかと思っていたのですが」
「お役に立てずすみません。私も、次にジョエルに会ったら聞いてみますね。──……ですが、今日はきっとジョエルも来ませんし、気分転換に一戦いかがですか? 久しぶりですよね」
レオンス様は気分を変えようとしてくれたようで、ソファのサイドテーブルの抽斗からボードゲームを取り出した。確かに、ジョエル殿下とはやっていたが、レオンス様とは随分久しぶりだ。
このまま家に帰っても、もやもやするだけだろう。流石にこの程度のことで王宮まで訪ねて問い詰めるのも気が引ける。
「分かりましたわ。ですが、レオンス様はお強いですから……手加減してくださいませ」
「冗談言わないでください。手加減なんてしたら、私が負けてしまいますよ」
レオンス様は笑って、ボードの上に駒を並べ始めた。
◇ ◇ ◇
俺は自室の机に両肘をついて、頭を抱えた。
「なんだ、あのオデットって令嬢は……」
最初は内密に話をするつもりだった。しかし異性と二人きりで個室は嫌だと言われ、それもそうかと思い中庭での会話を提案した。そうしたら約束の時間に、オデット嬢はなんと、シリルとセドリックを連れて中庭に現れたのだ。
当然聞かれて困るような直接的な質問をするつもりはなかったが、貴族令息に話の内容を聞かれたら、どのような勘ぐりをされるか分からない。それにオデット嬢が王家の血筋だと確信を持たれ、その情報が広がってしまうと、犯罪に巻き込まれる可能性もある。
今はラマディエ男爵家の令嬢なのだ。男爵家では、付けられる護衛の質もたかが知れている。王族相手に悪事を働こうとする者の相手が務まるとはとても思えない。
内密に話がしたかったので、シリルとセドリックには退席してもらった。
『二人とも。私はオデット嬢と二人で話がしたいのだ。少し、外してくれるかな?』
『お言葉ですが、たとえ殿下であっても女性と二人きりとは……』
『この中庭なら、皆の目もあるだろう。心配ならば、見えるところにいて良いよ』
シリルはすっかりオデット嬢に骨抜きにされているようだった。お言葉ですがという枕をつけて、一般論風に話しているとはいえ、あれは完全に嫉妬している男の顔だった。あれなら、セドリックの方が扱いやすそうだ。セドリックは騎士団長の息子で、同時に騎士見習いでもある。王族の意見に従うことが、意識に染みついているのだろう。中庭で顔を合わせたときも、シリルのように意見することなく、素直にこちらに従う意思を見せていた。
「問題は、あのオデット嬢だ。本当に最低限の教育で送り込んだ、ってところだな。いつもリュシエンヌを見ているせいで、粗が目立つ……」
リュシエンヌはバルニエ侯爵家の令嬢で、同時に未来の王妃としての教育を受けてきている。教養だって、俺とレオンスと討論できるくらいある。何よりあの磨き抜かれた宝石のような冴えた美しさは、他の誰とも比較できないだろう。その美しさを争えるのは、きっと侯爵夫人(リュシエンヌの母親なのだから当然だ)と俺の母親である王妃(美人で当然だ)くらいだろう。
オデット嬢は確かに目を引く愛らしい容姿をしていた。くりっとした大きな目、その瞳は夕暮れ色で、独特の髪色と相まって幻想的とも思える。しかし作法や所作は付け焼き刃で、体に染み込んだ感じがしない、雑さが見えるものだった。言葉遣いも訛りこそないが、言葉選びが美しくない。皆がもて囃す親しみ易さは、貴族令嬢にはないボディタッチのせいだろう。年頃の令息達はそれに胸を高鳴らせるのだろうが、浅慮だ。知らないことを叱るのも悪いと思って黙っていたが、王族に気軽に触れるなど、愚かとしか言いようがない。
「それで得られた情報は、……こんなところか」
俺は報告書と調査依頼書の体で書いた書類を机上に広げた。
オデット嬢は郊外の村にあるアパートメントで生まれた。父親はおらず、母親によって女手一つで育てられる。しかし母親は流行病で若くして死亡。以来、教会に併設された孤児院にて育つ。十三歳のとき、ラマディエ男爵により養子として引き取られた。
以降のラマディエ男爵による国王及び王弟であるシュヴァリエ公爵への接触はなし。現在、オデット嬢は複数の貴族令息と友人関係にある。
調査依頼書は王家お抱えの影に向けてのものだ。まだ少ないが、第一王子である俺でも動かせる人員はいる。オデット嬢と母親について村と孤児院に調査員を送るように、また、オデットが生まれる前の父上の様子を調べるようにと書いた。
「レオンスに相談できたら早いんだけどな。もし、叔父上の方だったら悪いし」
いや、国王の落胤だったとなっても大変なのだが。シュヴァリエ公爵の隠し子だった場合、レオンスの母上がどう出るか分からない。あちらの家で話題になっていないのなら、無闇に関わらせない方がいいだろう。
しかし頭の回るレオンスなら、とっくに気付いているかもしれない。何か情報を知っていたら良いのだけど。明日にでも探りを入れてみるか。
俺は依頼書の方を丸めて皮紐で束ねた。今の時間、父上は謁見室だろう。もみ消されないように行動するにはチャンスだ。俺は書類を懐に隠して、部屋を出た。
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