三度目の春と編入生5

「レアから見て、オデット様はどういう方なのかしら?」


「そうですね……元気で一生懸命な子ですよ。素直というか、まっすぐというか」


 レアはおずおずと、しかししっかりと答える。レアが受けていた印象が全て間違っていたというわけではないだろう。元気で一生懸命……言い換えれば猪突猛進ってところかしら。


「そうでしたの。それなら何か、理由があるのかも知れませんわね」


 レオンス様も、オデット様のことを少し気にしているようだった。レオンス様には想い人がいるから、恋愛という意味で気になっていたわけではないに決まっている。それならば、彼が気にするだけの理由が他にあるのだ。

 情報は少ない。だから考えるには推測も必要だ。残念ながら、私にその才能はないけれど。

 私が気を揉んだところでどうなることでもない。落ち着こうと一度目を閉じる。


「なんだか申し訳ございませんっ」


 レアの焦ったような声で目を開けた。不安にさせてしまったかしら、そんなつもりはなかったのだけれど。


「あら。だから、レアの責任ではないと言っているわ」


 数年前にできた義妹に対する責任なんて、あるわけないじゃない。レアが良い子だから気を使ってしまうのだろうけれど、そんなに気にすることはない。オデット様も十六歳だ、自分で責任を取れる年齢である。

 でも、確か今日オデット様と一緒にいたシリル様には婚約者がいたはずだ。ルヴェイラ学院に通う令嬢だったと思うが、その婚約者はこの状況をどう考えているのだろう。


「そう言っていただけると、少し気が軽くなります」


 ほっと肩の力を抜いたレアに、私は軽く笑って見せる。


「あまり気に病まないで。義妹ではありますが、レアと彼女は違う人間なのですから。──それよりも、こちらの本はレアのおすすめでしたわね」


 手元の本の中から一冊を見せると、レアがぱあっと花も綻ぶような笑みを浮かべた。レアは可愛い。確かにオデット様のような華やかさはないが、誰もがそれを好むわけではないのだ。


「ええ、そうなのです! お読みになりました?」


 私は頷いて、栞を挟んでいた頁を開いた。レアと話そうと思って、印象的だった場面に挟んでいたのだ。身を乗り出してきたレアが本を覗き込んでくる。語り始めてしまえば、余計なことは頭の中から都合良く消えて、楽しいことばかりで満たされ、あっという間に時間が過ぎてしまった。




   ◇ ◇ ◇




 ちょうどその頃。王妃である母上の名前で早く帰宅するようにとの知らせがあり、俺は授業を終えてすぐ自宅──王宮に帰っていた。帰ってみると母上は謁見室やサロンにはおらず、私的な部屋にいるとのことだった。普段社交に精を出し、政務に活かすための情報を積極的に集めている母上にしては珍しいことだ。

 俺は何となく嫌な予感がして、急ぎ足で母上の部屋に向かった。

 私室といっても、寝室等は奥にあり、手前の部屋は人を招くことができるようになっている。俺が部屋に入ると、母上はティーテーブルの前で仁王立ちをして待っていた。


「──……っ、母上? 何か、ありましたか」


 その気迫は歴戦の騎士すら怖気付きそうなほどだ。背後に黒いオーラが出ているように見える。正直、お化けや怪物なんて目じゃないくらい怖い。むしろこれが怪物じゃないか? 俺はどうにか逃げ腰にならないよう心を強く持って、明らかに引き攣っているであろう笑顔を浮かべた。


「ジョエル、貴方の学校に平民出身の編入生がいるというのは本当かしら?」


 ぴきぴきぴき。額に青筋が浮かんでいる。ああ、オデット嬢のことだ。母上の耳に入れた裏切り者は誰だ。レオンスか、リュシエンヌか。いや……母上の情報網なら、俺が隠そうとしていたこと自体が無駄だったか。


「母上、その話をどちらで──」


「良いから。早く、質問に答えなさい」


 取りつく島もない。俺は覚悟を決めて、唾を飲んだ。


「……本当、です」


「そう……やっぱり。いえね、先日出席したお茶会で、ご丁寧にも教えてくださった方がいらしたのよ」


 母上は眉間に深く皺を刻んでいる。このままじゃ血管がぷっつんと切れるんじゃないか。

 この言い方では、きっと社交で会った誰かから、嫌味のように言われたのだろう。母上に話した人間が誰なのかは置いておいて、本当に、とんでもないことをしてくれた。


「──それで、その子の髪が『光が当たると独特の桃色に輝く銀髪』というのは本当かしら?」


 ああ、やっぱり知っていたか。俺は母上に隠したかった理由の最たるものを口にされ、目を逸らした。その髪の特徴は、王族の血によって出るものなのだ。

 親世代は勿論、俺達の世代でも知っている人は知っていることで、オデット嬢が編入してきたとき、俺とレオンスも驚いたし、一部の人間はその愛らしさと共に噂していた。しかし、王族の隠し子についての噂などあまりに憚られる内容のため、大きな声では言われていなかったのだ。中には『あの髪は、よく似た別の色だろう』と言い切る者までいた。それもそのはず、王族の落胤だとして、可能性は国王である父上か、臣籍降下した叔父上──レオンスの父上、または引退して離宮で暮しているおじい様、しかいないのだ。流石におじい様が頑張ったというには、無理があるのではないかと思っている。

 どう答えるべきか、むしろ答えない方が良いのか。俺は出るはずのない答えを探してぐるぐると思考を回転させた。

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