三度目の春と編入生4
「だけど、こういうのほんっとうに向いてないのよー!!」
誰にも聞こえないように、私は両手で口を塞いで叫んだ。それからぜいぜいと荒れた呼吸を落ち着けるように深呼吸を繰り返す。不満なんて、入学してから溜まってばかりだ。
「何なのシリル様のあ・れ! あんなことされて嬉しいはずないでしょ!?」
正直気持ち悪い。あーんなんて、好きでも無い男にされて嬉しいはずがない。そもそも何、貴族のおぼっちゃまってのは、パーソナルスペースってのを知らないわけ!? ……まあ、先にボディタッチとかしたの私なんだけど。
「セドリック様の話だって、いっつも鍛錬とか、馬とか、そんなのばっかり。男同士で話してれば良いじゃん!」
より効率の良い筋肉の付け方とか、剣をより速く振るう方法とか、どうでも良い。馬なんて乗ったこともないし、懐いた馬の可愛さとか理解できない。絶対に犬とか猫の方が可愛いに決まっている。それに、それを女に語るなんて訳分かんない。……まあ、すごーいって言って聞いたの私なんだけど。
「そりゃさー、私の自業自得だって分かってるけどさっ」
お義姉様の蔵書にあった『貴族の学園で男に囲まれる市井出身の女主人公』を真似てみたのだけれど、無理があったかもしれない。似合わないことはしない方が良かったのかも。──でも、お義父様の目論見的にはこれで正しいのだろう。
そういえば、お義父様は『高位の貴族令息を誑かしてこい』とは言ってたけど、どの程度の男なら満足するのだろう。肝心なところを聞いていなかった。私は少なくとも、シリル様もセドリック様もごめんだけど。
どうせなら、そう。やっぱり見た目が良くて、女の子に優しくて、品があって、お金持ちで……そう、例えば、ジョエル王子殿下みたいな。
「素敵だったなぁ……本物の王子様」
近くで見たのは初めてだった。輝くプラチナブロンドの髪に、サファイアブルーの瞳。イメージする王子様そのもののような姿で、バルニエ侯爵令嬢であるリュシエンヌ様をエスコートしていた。
「あんなかぁっこいい王子様にあんな風に扱われたら、幸せだろうなあ。リュシエンヌ・バルニエ様、か。やっぱり偉い人の娘って、偉そうだったな」
有力貴族の名前は頭に詰め込まれている。バルニエ侯爵家がすごい家なのは、私も知っていた。でも、今在学中なのは娘のリュシエンヌ様だけなんだよね。息子が学院にいれば、絶対に落としに行ったんだけど。
コンプレックスなんてなさそうなきめ細かな肌に、大人びた容姿。私も顔は良いけれど、あれと比べると大分幼く見える。まだまだ私だって成長期だとはいえ、女性らしい二つの膨らみは……悲しいけど、比べるだけ無駄なほど魅力的なものを持っていた。成績だって良いらしい。それでいて、第一王子の婚約者──未来の王妃様という同世代の女子全員が憧れる場所にいる。
「王子様にエスコートされて当然って顔で、私に牽制までして。本当に感じ悪いったらないわ!」
ちらりと目が合ったけれど、明らかに敵意がこもった目で見られたような気がする。別に私がどの男を落としたって、関係ないじゃない。あんたには王子様がいるんだから。
「──でも、待って。王子様なら」
お義父様は驚くだろうか。この上ない縁談なのだから、満足しないはずがないよね。それに、もしあのジョエル王子殿下が私に靡いたら、リュシエンヌ様はどんな顔をするだろう。
何よりジョエル殿下はスマートで優しくて、かっこいい。キラキラとした王子様オーラは生まれながらのものなのか気になるくらいに、全てが理想の王子様だ。
「待って。確かお義姉様の本に、そんな話があった」
町娘が王族と恋に落ちるロマンスもの。身分差のある恋愛小説は人気のようで、お義姉様もたくさん持っていた。つまり、私にも王子様と恋愛する権利はあるということだ。婚約してるくらい、何でもない。だって結婚してる訳じゃないんだし、貴族同士の婚約は家の問題で本人の意思なんて関係ないって聞いてるし。それなら私にも、あの人が持っている幸せを手に入れられるかもしれない。
無策で近付いても上手くいくはずがないから、作戦を考えないと。私は誰も見ていないのを良いことに、お淑やかなんてかなぐり捨てて思いっきりガッツポーズをした。
◇ ◇ ◇
「レア。貴女の義妹さん……すごいわね」
私はいつもの図書館二階にある机で、読んでいた本を伏せ、固まってしまった身体を伸ばした。向かい側の席で同じように本を読んでいたレアが顔を上げて困ったように眉を下げる。義姉として、レアにも思うところはあったのだろうか。
確かにとても可愛らしい令嬢だった。元平民だなんて、言われなければ分からないほどに。
「私も驚いています。リュシエンヌ様のご迷惑にはなっていませんか?」
「ええ、大丈夫よ。レアのせいではないのだから、お気になさらないで」
迷惑にはなっていない、迷惑には。すごいなぁと感心することこそあれ、実害があるわけではないのだ。わ……私だって、もう少し、可愛げを身に付けた方が良いのかもしれない、という反省をする程度の影響があったくらいだ。
「ありがとうございます。ですが……あんな、男性を誘惑するような子ではなかったと、思っていたのですが……」
レアが深い溜息を吐いた。
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