三度目の春と編入生2

 それからというもの、私はオデット様の動向を注視するようになった。というのも、私が気にしないでいても、オデット様が私から見える場所にいることが多かったのだ。今だって学内の食堂で昼食をとろうとしている私の、斜め向こうの席にいる。そうすると、どうしても気になってしまうのが人の性というものだ。

 ここは、ルヴェイラ学院の食堂にあるロフト席だ。この辺りは入学してから私やジョエル殿下、レオンス様が座ることが多く、自然と高位の貴族子女が集まりがち──というよりも、そうではない生徒達にとっては近付きづらい席となってしまっている。そんなこのロフト席にいつもいる、歴史ある伯爵家の令息が率いる男子グループに、オデット様は混ざっている。

 見たところ、裕福な伯爵家の令息であるシリル様と、騎士団長の令息であるセドリック様が、オデット様の左右の席をキープしているようだ。そしてオデット様も、満更でもない様子でいる。やはりその可愛らしい容姿は、年頃の男子には有効だったようだ。


「──まあ。セドリック様ったら、面白いことを仰いますね」


 鈴を転がしたような笑い声が響く。主に話をしていたセドリック様は──女性に免疫がないのか、真面目で素直なのか──嬉しそうにだらしなく頬を緩ませていた。


「そ、そうか?」


「ええ、本当に素敵です!」


 それを黙って見ていられないのはシリル様だ。シリル様はデザートとして頼んでいたらしい苺のタルトを、二人の間に割り込むようにずいとオデット様の前に差し出した。


「オデット嬢、これ好きだろう? 僕のも食べて良いよ」


 かなり強引な行動に、セドリック様が目を見張る。オデット様も驚いただろうに、彼女はそれを態度に出さず可愛らしく微笑んでいる。尊敬する。


「ありがとうございます、シリル様」


「え、そう? じゃあ食べさせてあげるよ。はい、あーん」


 シリル様が苺のタルトを一口サイズに切り分けた。そしてフォークに刺したそれを、オデット様の口の前につきつける。有無を言わさない笑顔が、逆に怖い。


「えっ、そんな。あ……あーん? あ、美味しいです~!」


 あーんと大きく開けた口に、タルトが押し込むような勢いで入れられた。オデット様は最初こそ戸惑っていたものの、口を閉じた瞬間、こんなに幸せなことはないと言うように目を細めて顔を蕩けさせた。

 こ……これは、私でも好きになってしまいそうな天真爛漫さだ。同じ女として、恥ずかしくも羨ましい。

 気になって仕方がなかったのは私だけではないようで、隣に座っていたジョエル殿下も、感心したような呆れたようななんとも言えない表情だった。腕を組んで、小さく数回頷いている。


「──……すごいな」


「ジョエル、素が出ていますよ」


 その言葉にすぐに突っ込んだのはレオンス様だ。向かい側に座っているレオンス様からは、オデット様達の姿はあまり見えていないようだ。それでも声だけは聞こえていたようで、苦笑混じりの突っ込みになってしまっている。


「ふふっ。殿下ったら」


 私は思わず声を上げて笑ってしまった。興味のあるものに気を取られて演技を忘れてしまうなんて、人前では冷静なジョエル殿下らしくない。それが少し幼く感じて、可愛らしいと思ったのだ。

 私のそんな気持ちを知ってか知らずか、ジョエル殿下は途端にいつもの対外仕様のきらきらしい笑顔の仮面を貼り付けてしまった。そして隣に座る私の右手を取り、そこに触れる程度の口付けを落とす。そのまま上目遣いに向けられる瞳の、サファイアの青。

 きゃあ、と、どこからともなく黄色い声が上がった。


「おっと、失礼。リュシエンヌ、貴女は私だけを見て、目を逸らしてはいけないよ」


 鼓膜を震わす声はいつかよりもずっと大人びて、低く艶やかだ。私は頬を染めて息を呑んだ。


「──……っ!」


「俺の勝ちだな?」


 ジョエル殿下は私の手を掴んだまま、周囲から見えない角度で意地悪に笑う。


「何を──」


 何をするのですか。そう言い返そうとした私の前で、レオンス様がぱんぱんと手を打ち鳴らした。はっと顔を上げて、私は後悔する。オデット様達よりも多くの人の視線を集めているどころか、オデット様達までも、私達を窺っている。その頬は春の花のように染まり、印象的な瞳はうるうると夢見る色を浮かべていた。


「ほら。二人とも、午後の授業が始まりますよ。戯れていないで早く食べてしまってください」


 ジョエル殿下を早くここから連れ出さなくては。私はすぐにそう思った。早くオデット様の夢見る瞳に映らない場所に連れていかなくては。このままでは、良くないことになる。

 レオンス様が言ったとおり、午後の授業が始まる時間までもうすぐだった。私はぎりぎり上品さを失わない早さで残りの昼食をたいらげた。


「──お二人共、行きますわよ」


「えっ。リュシエンヌ、早くない?」


「そんなことありませんわ、殿下が遅いのです。ほら、残り少しじゃないですか。早くお召し上がりになってくださいませ」


 私に急かされるがままに、ジョエル殿下とレオンス様は急いで食事を終えて席を立った。移動するためにロフト席の階段を下りるとき、私がなんとなく気にかかって振り返ると──こちらを見る夕暮れ色の瞳と、瞳がぶつかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る