三度目の春と編入生1

 爽やかな風が吹く。風は愛らしい色の花々と、初々しい少年少女の髪を揺らして駆け抜けていく。私は窓の外に視線を向けて、その賑やかな光景を見て微笑んだ。


「また、この季節ですわね」


 ルヴェイラ学院に入学して三度目の春がやってきた。リュシエンヌ達は十五歳になり、最終学年である三年生に進級した。外を歩く新入生達にどこか懐かしさを感じてしまう。

 ジョエル殿下は私の感慨など興味がないとばかりに、鬱陶しそうな溜息を吐いた。


「ああ。新入生が入ってくるからしばらく周囲が煩くなるか」


「もううんざりなんですけどね。またここに来る頻度が上がりそうです」


 レオンス様もそれに続く。

 何かと目立つ二人にとっては、新入生は新たな面倒事の種でしかないらしい。それもそうだろう。彼等は第一王子と公爵令息だ、お近付きになりたい生徒は、とても多い。


「お二人とも、お疲れ様ですわ」


 私は可哀想に思って苦笑した。

 気怠そうに頬杖をつくジョエル殿下に対し、レオンス様はゆるゆると首を振る。そして、話題を変えようとしたのか徐に口を開いた。


「──そう言えば、ラマディエ男爵令嬢の義妹君が編入してくるそうですが、リュシエンヌは何か聞いていますか?」


 ラマディエ男爵令嬢とはレアのことだろう。その義妹というと、容姿の可愛らしさを見込まれて孤児院から引き取られたという令嬢のことだ。一年の頃には教育中だと言っていたが、レオンス様がそう言うからには、きっと教育が終わったのだろう。


「レアから聞いていますわ。とても可愛らしい方なのだとか」


「ふうん」


 ジョエル殿下は頬杖のまま私の方を向く。レオンス様がそれを見て顔を背けた。


「ジョエル、いっそ清々しいくらいに興味がなさそうですね」


「だって俺には関係ないし。男爵の動向は気になるけど、本人はただの女の子だろ?」


「確かに、そういう意味では関係ありませんね」


 私は内心ではほっとしていた。私以外の容姿に優れているらしい令嬢に、婚約者が興味を示さなかったのだ。安心しないはずがない。

 その後、すぐに話題は変わってしまった。また噂のラマディエ男爵の養女は違うクラスだったようで、話題に上ってから数日の間、直接その姿を見る機会はなかった。

 実際その令嬢を見る機会に恵まれたのは、それから二週間ほど経った頃だ。放課後にレアと二人、いつも通り図書館に行こうとしていたとき。廊下を歩いていると、レアが窓の外を見て、あ、と小さく声を上げた。


「どうなさったの?」


 レアと共に足を止めて、私も窓の外を見る。そこでは目立つ容姿の女子が、数人の男子に話しかけられて愛想笑いを浮かべていた。レアは小さく嘆息する。


「……あれが私の義妹です。オデットと申します」


 制服から伸びるすらりと細い手足。白い肌に薔薇の花弁のように艶やかな唇。銀髪に、ぱっちりとした目に夕暮れ色の瞳が印象的だ。

 傾き始めた日の光が、オデット様の髪に天使の輪を作る。光を受けた銀髪が、桃色に輝いた。


「まあ、なんて可愛らしい──……っ!?」


 あの、桃色は。私は驚愕し、息を呑んだ。

 私は知っていた。今の第二王子──ジョエル殿下の弟君も同じ色を持っている。あの銀髪はこの国の王族に稀に表れるものだ。光が当たると独特の桃色に輝くそれは、王族に代々伝わる血が強く表出したもの。

 つまりそれは、オデット様は王族の血を引いているということの証明だった。今あの歳の頃の令嬢が娘になり得る王族といえば、ジョエル殿下のお父上である国王陛下と、レオンス様のお父上である王弟殿下。もしもご高齢で若い女性に熱を上げたのなら、国王陛下のお父上か、そのご兄弟……?


「リュシエンヌ様?」


 私の反応を不審に思ったようだ。訝しげに名前を呼ぶレアの声に、私ははっと我を取り戻した。しかしこれは、どういうことだろうか。そのまま私は真剣な声音で問いかける。


「レア。貴女、あの子は孤児院から男爵が引き取ったと言ってましたわよね?」


「ええ、そうでございますが……」


 レアは不思議そうに首を捻る。

 どうやら本当に気付いていないようだ。ならば男爵であるレアのお父上は? 以前のレアの話によると、突然引き取ることを決めたということだったはずだ。より良い縁談に利用するためだろうとレアは言っていたが、本当にそうなのだろうか。だってもしもオデット様に王家の血が流れていると分かっていれば、利用価値などいくらでもある。


「レアは、オデット様とは仲がよろしいの?」


「そうですね……悪くはないのですが、特別よくもない、というのが本当です。私の恋愛小説を読んではいるようなのですが」


 口籠もりながら言ったことを見るに、仲良くしようとして上手くいかなかったのかもしれない。とはいえ積極的に虐めたりもしていない、ということだろう。

 だけど、何も知らずにいるレアに話すことでもない。少なくとも、今はまだ。


「いえ。何でもないわ」


 あら、でもあの独特の髪色について私が習ったのはいつだったかしら。噂話などではなく、真面目な場所で聞いたはずだ。

 そこまで考えて思い出した。それを聞いたのは、王宮でジョエル殿下とレオンス様と共に受けた授業でのことだった。それならば、皆は知らないのかしら。

 だけどこれまでの王族にだって、光が当たると独特の桃色に輝く銀髪を持つ者はいたに決まっている。それなら、オデット様の血縁については皆暗黙の了解なの?

 私は考えても答えが出ない思考に浸っていた。ぐるぐると渦巻くそれは、最後に『王族の血を引く平民の娘なんて、本当に恋愛小説みたいだわ』という一番どうでもいい結論に辿り着いたのだった。

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