二人きりのデートと髪飾り6
◇ ◇ ◇
「──ということがあったの」
翌日の放課後、私はレアに土産のオルゴールを手渡して、ねだられるがままにデートの報告をした。これまで『見せかけの婚約者だと思っていた』ことは隠して、だが。レアは土産をとても喜んでくれて、それからデートの話を聞いて頬を染めていた。
「素敵ですね。リュシエンヌ様と殿下の仲の良さ……憧れます」
「そんな。私も、実はジョエル殿下に想いを伝えられたのは初めてだったのよ」
貰った髪飾りを藤祭りのすぐ後につけて来るのも恥ずかしくて、今日は家に置いてきた。しかし、それで正解だったようだ。昨日の祭りの余韻が学院内に充満している。やはり藤祭りを機に告白をした人もかなりいたようで、一昨日までよりも距離が近づいたカップルが多いように見えた。
「それは意外でした。……あ、ですが、これで噂に納得がいきました」
「噂?」
なんのことだろうか。私が首を傾げると、レアは気まずそうに下を向いて、オルゴールの飾りを指先で突ついた。
「あの……それが、町娘のような格好をしたリュシエンヌ様が、見知らぬ殿方と二人きりで歩いていて……その、馬車でどこかに消えた、と」
「まあっ、そのような噂が?」
私は目を見開いた。確かに、正体が分からないほどに変装したジョエル殿下に対して、私は服装と髪型しか変えていなかった。私を知らない人には祭りに来たどこかの商家のお嬢様に見えるだろうけれど、私を知る人は、あれが私だと分かるだろう。
私には全くやましいところはないから問題ないが、ジョエル殿下があの変装を他の場所でも使っているかもしれないと思うと、堂々と弁解することはできない。さながら噂は私と浮気相手とのお忍びの逢瀬、といったところか。
「はい、お相手は殿下だったのですね。仲睦まじそうだったと聞こえてきたので、そうかとは思っておりましたけれど」
人の噂もなんとやら、だ。当人達がかまわずにいれば、きっとすぐになんでもないことになるだろう。それより気になるのは。
「な、仲睦まじい、なんて……恥ずかしいわ」
そんなふうに見えていたのだろうか。確かに昨日、ジョエル殿下はずっと私の手を握っていた。あれを見れば、相思相愛の恋人同士のように見えるに決まっている。私よりもしっかりとした大きな手だった。引っかかるような感触があったのは、きっと剣の柄で擦ったところだ。思いだすとなんだかくすぐったい。
「私もリュシエンヌ様のように、素敵な恋がしたいです」
ほうっと息を吐いて言うレアに、私は当然とばかりに頷く。レアはこれから素敵な出会いをきっとするのだ。少しでも不安にはさせたくなかった。その想いが通じたのか、それとももう気持ちを切り替えていたのか、レアは夢見る瞳で宙を見つめていた。
それから私は、別棟の方に顔を出すことにした。一階の渡り廊下を通って、職員室の前を通り、階段を上る。ジョエル殿下に教えてもらった特別室だ。軽くノックをして扉に手をかける。部屋の鍵は開いていて、なんの抵抗もなく開いてしまった。
「お疲れ様です、リュシエンヌ」
私を笑顔で迎えたのはレオンス様だ。ソファにジョエル殿下と向かいあって座っていて、入り口側に顔を向けている。一方ジョエル殿下はこちらに背を向けていて、卓上を凝視していた。
「レオンス様、ご機嫌よう。ジョエル殿下も……昨日はありがとうございました」
「リュシエンヌ。昨日は……その。お疲れ様」
ジョエル殿下はこちらを見ないままそう言った。照れているのだろうと思い、また、私も恥ずかしかったので、それ以上何も言わないことにする。
部屋は最初の頃に来ていたときよりも随分綺麗になっているから、きっと二人が片付けたり、私物を増やしたりしているのだろう。あの頃よりも、更に居心地の良さは上がっている。
「ボードゲームですか?」
私は荷物を棚の上に置いて、二人が座るソファの側まで歩み寄った。盤を覗き込むと、白と黒に分かれて対戦し、相手の王を取ると勝利になる伝統的なボードゲームのようだ。見たところ、ジョエル殿下が白の駒を使っているらしい。
「ああ。レオンスはやっぱり強いな」
しばらく盤上を見て戦況を把握する。レオンス様が優勢なようだ。レオンス様は以前から武芸が苦手なぶん、机上の学問は得意だった。それは、成績優秀であるジョエル殿下ですら敵わないことも多いほどだ。というよりも、特に戦略や謀略に関しては、レオンス様の一人勝ちと言って良い。
ジョエル殿下がうーんと唸ってから、駒を一つ、斜めに動かした。私はそれを見て、あ、と小さく声を上げる。殿下は私の声を聞いて眉間に皺を寄せた。同時にレオンス様が口角を上げる。
「──私の勝ちですよ」
レオンス様が黒い駒を一つ、白い駒の王の側まで移動した。これでジョエル殿下がどの駒を移動させても、次の手でレオンス様が殿下の王を取るだろう。
「あー! リュシエンヌ、もっと早く教えてくれよ」
ジョエル殿下が悔しげにいう。私は思わず苦笑した。
「そんなこと言われましても、私だって気付いたばかりでしたもの」
「と言いますか、そもそも助言をもらったら駄目ですよ。さすがに二人がかりでは、私も分が悪いです」
レオンス様はそう言って、紅茶を入れますね、と席を立った。
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