二人きりのデートと髪飾り2
「どこか寄りたい店はあるのか?」
ジョエル殿下が、きょろきょろと忙しなく街を見ている私に声をかけた。
寄りたい店と言われても、すぐには思いつかない。ただ、滅多に徒歩で外出することがないため、物珍しいのだ。それに隣にジョエル殿下がいて、二人きりだと思うと、どうにも落ち着けないというのもある。いつもはレオンス様が一緒にいることが多いから、余計に緊張していた。
「いいえ、その……特に思い当たらない、わ」
この、崩した口調というのも難しい。子供の頃に慣れていないと伝えてから強制されることはなかったから、ジョエル殿下も分かっているのでしょうけれど。今だって、私の言葉の違和感に笑いを堪えているような表情をしているもの。
「くくっ、そうか。じゃあ、その辺りの屋台を見て回るか」
「そうね」
さっき繋がれた手は、今もずっとそのままだ。きっと慣れない私が逸れないようにだと思う。分かっているけれど、そんなことがとても嬉しい。
富裕層向けの通りとあって、屋台に並んでいるのは主に雑貨や装飾品のようだった。飲食は店内で、ということだろう。屋台には高価な宝石こそないものの、繊細なガラス細工や彫刻、異国の装飾品など、華やかな彩りが目を楽しませてくれる。そんな中、私が目を止めたのは、異国の髪飾りを扱う屋台だった。
髪に差し込むかたちになっているようで、櫛の土台に華やかな飾りがついている。
「これは、貝殻かしら?」
その髪飾りには、ふわりと飛び出るように藤の花の飾りが付いていた。淡い色は日の光を受けて揺らめくように輝いて、宝石のそれよりも優しい印象だ。花の一つ一つの色が少しずつ異なっていて、それがまた不思議と統一感があった。
「お嬢さん、よくお分かりですね。こちらは異国の海で獲れる貝の天然の色なのです」
店員も店内での接客よりも砕けた言葉を使っているが、礼を失してはいない。海というものを私は見たことがないが、こんなに綺麗なものが獲れるのならば、きっと素敵なところなのだろう。
「綺麗ですね」
私がじっとそれに見入っていると、他の商品を見ていたはずのジョエル殿下が、にゅっと横から顔を覗かせた。そうして、私の視線の先にあるその髪飾りを見つけて、首を傾げる。
「何、お前、これ気に入ったの? 買ってやろうか」
それは、本当に何の含みもない言葉だった。もしかしてジョエル殿下は、これを私に買い与えることが藤祭りのジンクスの条件に当てはまることに、気付いていないの? だったら、黙って買ってもらってしまえば。
私は一瞬ちらついた都合の良い考えを頭の隅っこに追いやって、慌てて首を左右に振った。
「いえ、大丈夫、よ」
「そうか」
ジョエル殿下はやはり気付いていなかったようで、何でもないように言った。良かった、やっぱり狡いことをしてはいけないわ。
「ははっ、お兄さん。今日だけは、これはねだりづらいと思いますよ。藤の飾りですから」
「商人様っ」
どうして言ってしまうのか。私は赤く染まる頬を隠すように、ジョエル殿下から反対側に顔を向けた。気に入ったのは藤の飾りだからではないが、これでは私が藤祭りのジンクスを意識しているようで、恥ずかしいじゃない。
「ああ……今日は藤祭りだったか。じゃあ、これは──」
当然のことだが、ジョエル殿下もその事実に気付いてしまったようだ。ああ、居た堪れない。
「違いますっ。で──エルに買って欲しいって意味で見てたのではありませんわ!」
だからそんな、恋人に向けるような甘い顔をしないでほしい。どうしても期待してしまうから。
店員の微笑ましいものを見るにやにやとした顔も、ジョエル殿下の眼鏡の奥の視線も、気に入ってしまった髪飾りからも、全てから逃げ出したくて、私は走り出した。
「あ、ちょっ……待てって」
ジョエル殿下の声が追いかけてきても、立ち止まれなかった。二人きりのデートで嬉しいはずなのに、二人きりだからこそ逃げ場がない。だからって物理的に逃げ出しても、どうにもならないのは分かっているのだけど。だって私はあまり街の地理を知らないし、ジョエル殿下は、私よりもずっと足が速い。
結局私は道の端まで行かないうちにジョエル殿下に捕まった。殿下は少し呆れたような表情をしながらもそれを口にはせずに、また手を繋ぎ直す。
それから息があがってしまった私を、近くのカフェテリアに誘った。
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