新たな出会いと果たされた約束6
◇ ◇ ◇
「来ない……」
俺はソファの背凭れに体を預け、天井を見上げた。何代も前の王族から使っていたという部屋なだけあって、意外と上質な家具が揃っている。このソファだって、羽毛が使われているのか、新しいものではないのにふかふかだ。
都度持ち込まれ続けた私物も多く、俺はレオンスと共に、棚の奥から見つけ出したボードゲームに興じていた。
「ジョエル、何をしているんです?」
向かいに座って次の手を考えていたはずのレオンスが、いつの間にかこちらをじっと見つめていた。見ればレオンスは既に自身の駒を進めており、俺の手を待っていたようだ。考え事をしていて、気付かなかった。
「いや、別に」
そうは言っても、盤を見るでもなく呆けていたことを誤魔化せるはずないだろう。レオンスがわざとらしくはあっと深く息を吐いた。
「そんなに気になるなら、聞きに行けば良いと思いますよ」
「気付いて──」
「ジョエルが分かりやすいんです」
俺がリュシエンヌを待っていたことなど、レオンスにはお見通しだったようだ。
この場所をリュシエンヌに教えてから数日間、リュシエンヌは休憩時間までもここに来ていた。なのにあっという間に来なくなってしまったのだ。もう入学して一か月経つ。放課後教室からすぐいなくなってしまうから、きっとどこかに居場所を見つけたのだろうが。
「リュシエンヌは、何をしてるんだよ」
俺は拗ねているのを自覚しつつ言った。レオンスが笑う。
「なんか、友人ができたようですよ」
「友人? ……というか、なんでお前が知ってるんだよ」
「直接聞きましたので」
どうして婚約者の俺より、レオンスの方がリュシエンヌについて詳しいんだと思ったが、結局のところ、変に周囲を気にしてプライドを捨てられず、いつまでも本気で口説けずにいる俺なんかより、レオンスの方が友人としてずっとリュシエンヌの近くにいる、ということだろう。
「そうか……相手は」
ここまで知ってるのだから、きっとそれも知っているのだろう。
「ラマディエ男爵の一人娘です。リュシエンヌの隣の席の」
ラマディエ男爵……というと、バルニエ侯爵家とは特に対立しない家だ。王家としても、あまり問題になるような相手ではない。周囲に集まっていた取り巻きではなく、ずいぶん地味な令嬢を友人にしたなと思うだけで。
「害はなさそうな相手だな」
「ええ。ラマディエ男爵には目立った功績はありませんが、地味で堅実な家ですよ」
「なら安心か」
レオンスもそう言っているのなら、本当に安心だ。
少なくとも問題のある家に近付いているわけでも、見知らぬ男との逢瀬を重ねているわけでもなさそうだ。
しかし俺だって、リュシエンヌに会えないのは寂しい。これでも一目惚れの初恋なのだ。あの中庭で九歳のリュシエンヌを見たとき、その初めて見る愛らしさと幻想的な瞳のアメジストに、一瞬で恋に落ちた。素直に口説くことなんてできなかった俺は、演技で婚約を申し込み、その後も言い訳のように適当な理由を口にしてしまったけれど。リュシエンヌは今もまだ、あの言い訳を信じているのだろうか。
「ただ、気になることが一つだけ」
レオンスが真面目な顔で、俺にまっすぐな目を向けてきた。
「ん?」
こういうときは何かある。俺は続きを促した。
「男爵が、今年になって孤児院から子供を引き取ったそうです」
貴族が孤児院から子供を引き取ることは、珍しいことではない。娘がいない家が政略結婚のために女児を養育する場合や、息子がいない下級貴族が後継にする場合などだ。勿論どちらも駒としての有用性は実子よりも弱いが、いないよりはましなのである。しかし、ラマディエ男爵家においては違う。
「子供を? あそこには、息子も娘もいたはずだけど」
俺は頭の中から今代の貴族についての知識を引っ張り出した。娘も息子もいるのなら、単純に懐いた子供を引き取ったのだろうか。これまでそんな殊勝なことをしている家でもなかったと思うのだが。
レオンスが首を左右に振った。
「それが、女の子らしいんですよ。かなり可愛らしい娘だとか」
「──今代当主は、権力に興味がある可能性がある、ってことか」
孤児院にいた特に可愛らしい娘を引き取ったということは、おそらく、その娘の可愛さを利用しようと目論んでいるということである。リュシエンヌと友人になったという令嬢が地味な印象だったことを思うと、実の娘には期待せず手頃な縁を結ばせ、養子の娘に普通では縁を結べないくらい地位の高い男を落としてもらおうということだろう。
「まあ、リュシエンヌと仲良くなったレア様は、とっても良い子らしいですから心配要りません」
そうだろう。俺だって、その心配は今はしていない。ただ、学院に来たことでリュシエンヌと過ごせる時間が減ってしまい、残念だと思っているだけで──
「ここに来てもらいたいのなら、素直に言えば良いんですよ」
レオンスがはっきりと言い切った。言い返せない俺は深く溜息を吐き、動揺を隠すため、目線を落としてテーブルの上にあるボードゲームの盤を見つめた。
どうやらこのゲーム、俺はとっくに詰んでいたようだった。
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