新たな出会いと果たされた約束2

「良いわけないわよね」


 だってレオンス様には好きな人がいるのだ。ジョエル殿下は知らないだろうが、私は知っている。相手はジョエル殿下の妹姫だ。ちなみに今は十一歳で、私達よりも二歳下。従兄妹同士になるけれど、レオンス様は公爵家の嫡男だし、大きな問題はないはずだ。むしろ一番の問題は、まだ十一歳だということでしょうね。

 レオンス様がお父様に頼めば婚約もできるのでしょうけれど、そうしないでいるのは、ちゃんと好きになってもらってからにしたい、という、レオンス様なりの誠実さのためらしい。現状、アプローチは上手くいってはいないみたいだけれど。打算でとりあえず婚約した私達とは大違い。


「せめて会話をしようとしてくださいよ……」


 レオンス様が、私のちぐはぐな言葉に対して文句を言う。あら、ごめんなさい。私は軽く謝って、前を向いた。無駄に周囲の視線を集めてしまったようだけれど、教室はもうすぐそこだ。早く入ってしまおう。

 そのとき、少し先にあった扉が開いて、良く知る顔が覗いた。


「レオンス、朝から騒々しいぞ」


 光を浴びて輝くプラチナブロンド。サファイア色の瞳は、本物の宝石よりも宝石らしい上品さだ。子供の頃よりもずいぶん背が伸びて、とっくに私を追い越した、私が愛してやまないその人は。


「ジョエル殿下!」


 私は令嬢らしく優雅に一礼し、早足でジョエル殿下の側まで移動した。ジョエル殿下はくすりと笑って、私の髪を一房取ってそこに唇を寄せる。見ていた令嬢達のきゃあっという黄色い声が重なって、廊下に響いた。


「おはよう、リュシエンヌ。今日もとても可愛いね。制服、とてもよく似合っているよ」


「殿下こそ、今日はいつにも増して素敵ですわ」


 きらきらきらきらと、これでもかと王子様オーラを周囲に振りまいているジョエル殿下は、対外仕様全開だ。こういうときは、悔しいことに、私もそのオーラにやられてしまいそうになる。だって恋愛小説のヒーローって、こういう感じなんだもの。ジョエル殿下を好きだと言っても、それはそれ。憧れのヒーローのような王子様に、ときめかないはずがない。

 ジョエル殿下は表情を変えないまま、私の耳元に顔を寄せた。周囲からは、恋人同士の甘いやりとりのように見えるだろう。でも、その会話の中身は。


「──お前、朝から目立ち過ぎだろ」


「騒いだのはレオンス様ですわ。殿下だって、今、目立つことをなさったじゃないですか」


 九歳で知り合い婚約してから、もう四年が経った。週二回王宮でジョエル殿下と二人で受ける授業は、時折レオンス様も混じって、今も続いている。すっかり幼馴染のような気が置けない関係になってしまった。


「俺は何もしてなくても目立つから、仕方ないだろう?」


「その傲慢さ、皆様にもお教えしたいくらいですわ」


「違うな。傲慢じゃなくて、純然たる事実だ」


 にこにこと微笑みを浮かべたまま、私と殿下は水面下で言い合いを繰り広げていた。もうっ、出会った頃は天使みたいだと思ったのに、いつの間にこんな口が回るようになっちゃったのかしら。いいえ、最初から、中身はこんなものだったような気もする。


「うおっほん、ごほん……失礼した。ジョエル、おはよう」


 私とジョエル殿下がしばらくそうして話していると、背後からずいぶん大きな咳払いが聞こえた。わざとらしく会話を割って入ってきたのは、レオンス様だ。そういえば、さっきまで一緒にいたのだったわ。すっかり忘れていた。ごめんなさい、レオンス様。

 ジョエル殿下が私から少し距離をとって、レオンス様に向き直る。


「ああ、おはよう。レオンスも同じクラスじゃ、新鮮味もあまりないかな」


「そうかもしれませんね。ですが、皆と同じ服装のジョエルというのも新鮮ですよ」


「制服のことか。そうだな、これは動きやすくて良いね」


 ジョエル殿下は軽く腕を上げて、ひらひらと動かして見せた。確かに殿下はいつももっと堅苦しい服装をしているし、軽装で人前に出られる立場ではないから、新鮮でしょう。

 そんなことより、教室の前の廊下で話をしていたせいで、人が集まってきているわ。私とレオンス様だけでも注目されていたのに、ジョエル殿下が入ってきたせいで、余計に居た堪れない雰囲気になっている。


「殿下、レオンス様。中でゆっくりお話ししましょう」


 とりあえずこの他のクラスの人達まで廊下に出てきてしまっている状況よりは、教室の中の方が良い。同じクラスの人だけになるのだから。

 掲示されていた席次表を見て、席に座る。ジョエル殿下とレオンス様が隣で、私だけ窓際の少し離れた席だった。結果、私の席に二人がやってきて、会話が続けられる。近くの席の人、ごめんなさい。居心地悪いわよね。


「さっきのレオンス様ではないですが、本当に珍獣にでもなった気分ですわ」


 私は机に頬杖をついた。ジョエル殿下はそんな私を見て苦笑する。


「仕方ないだろ。俺は王子だし、お前も有名人な割に、実際に見たことがある奴は多くないだろうし」


「私は完全に巻き添えですけどね……」


 レオンス様が他人事のように言った。何を言っているの、自分のことはよく見えないって本当のことね。シュヴァリエ公爵家の嫡男が、目立たないはずないのに。


「何言ってるんだ? お前が一番狙われてるだろ」


「「狙われてる?」」


 ジョエル殿下の言い方に、私とレオンス様は揃って首を傾げた。

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