新たな出会いと果たされた約束3
「そうだろ。この学年で婚約者がいない男の中で、レオンスが一番格上の家柄だろうからな」
「ああ、そういう……」
私はジョエル殿下の説明に納得した。確かに、婚約者のいない令嬢達にとっては、狙うべきはレオンス様で間違いないだろう。
「良い迷惑です」
レオンス様が吐き捨てるように言った。そりゃ、既に好きな人がいるレオンス様にとっては、心の底から面倒なのでしょう。でもレオンス様は、親の意向であまり顔を見せていない私よりも、多くの令嬢達の目に触れているはず。いつもはどのように断っているのかしら。
「はは、相変わらずだな。おっと、席に戻った方が良さそうだ」
ジョエル殿下に言われて扉の方を見ると、教師が入ってくるところだった。レオンス様も頷いて、自分の席へと戻っていく。代わりに私の近くの席の人が戻ってきた。隣は、あまり派手な印象のない女の子だ。友達になれるかしら、ああでもその前に、私を怖がらないで話をしてくれるかしら。
楽しみな気持ちと不安な気持ちを両方抱えて、私は姿勢を正して前を向いた。
◇ ◇ ◇
結論から言えば、私は隣の席の女子に話しかけることができなかった。放課後になった途端、他の華やかな令嬢達に囲まれてしまったからだ。私は困惑しながらも、失礼にならないように応対した。
「まあっ、リュシエンヌ様の髪飾り、素敵ですわねぇ」
「本当ですわ。艶やかなお髪によく似合っていらっしゃいます」
「そ、そう。ありがとう……」
私の髪飾りは、安物ではないが小さくシンプルなものだった。貝殻を象ったもので、白金の輝き以外に目立った装飾はない。むしろ素敵だと言った子の髪飾りの方が、ずいぶん華やかだ。大粒の宝石はルビーだろう。制服に似合っているかは別として、私の髪飾りを褒めるような趣味の持ち主ならば、身に付けるものではない。どこのパーティに参加するつもりだ。
「それに、同じ制服のはずですのに、どうしてこんなにもお綺麗なのでしょう」
「わたくしもそう思っておりましたの! やはり内側から滲み出る美しさが」
「「「ですわよね~!」」」
「え、ええ……そんなことはないわ。皆様お綺麗よ」
むしろ私は購入した制服をそのまま身につけている。囲んでいる令嬢達の中には制服を改造している者もいるみたいだから、そういう意味では同じ制服ではない。
これは、私に媚を売っているのだろう。ジョエル殿下の婚約者──未来の王妃相手にか、それともバルニエ侯爵家の令嬢としてか。どちらにしても、お父様とお母様が私をあまり社交の場に連れていかなかった理由が分かった。物心つく前にこれを当然だと思ってしまっていたら、性格が歪んでいたかもしれないわ。
「──リュシエンヌ、少し良いかな?」
一つ一つの小物や身体的特徴を順に褒めていくこの流れにもう飽き飽きしていた私を救い出す声がした。ぱっと顔を上げると、ジョエル殿下がにこやかに手を振っている。
「ジョエル殿下。はい、ただ今参りますわ」
殿下は私が周囲の令嬢達に挨拶をするのを待って、教室から出た。私もその後に続く。廊下を歩いている間ずっと視線があったが、無視して歩いていると、いつの間にか人の少ない場所に辿り着いた。そして、教室名の表示がない扉を開けて、中に入る。
「──っと、ここなら良いかな。お疲れ、リュシエンヌ」
「殿下……ありがとうございます。ここは?」
「別棟の特別室だね。下は教職員室だから、学生はここまで来ることはない。何代か前の王族が通ったときに、個人の部屋としてこっそり用意されたらしいぞ。父上から聞いて、絶対使おうと思ってたんだ。──なんかかっこいいだろ」
なんですかその物語みたいな部屋は……!? 王族に受け継がれる部屋? 他の学生は入ってこないプライベート? そんな部屋が恋愛小説で出てきたら、絶対重要なスポットだわ。きっと、王子様からヒロインだけが入室を許されて、二人だけで秘めやかな愛を育てるのよ。
……って、この場合、私には教えてくれたってことは、私がそのヒロイン? い、嫌だ。そんなの恥ずかしいわ。そりゃ、私はジョエル殿下の婚約者で、私の初恋はジョエル殿下で……あら、何も問題ないじゃない。
「本当ですね。私は父上から何も聞いていなかったので、助かりましたよ」
「レオンス様」
ジョエル殿下しか目に入っていなかった私は、このときやっと、先に部屋に来ていたレオンス様に気付いた。部屋には簡単な給湯設備も備わっているようで、奥にあるソファに優雅に座って紅茶を飲んでいる。
私の乙女思考は一瞬にして冷えていった。そうよね。そんな甘い毎日が簡単に訪れるのなら、私とジョエル殿下は、仲の良い友人同士のような、親友のような、友達以上だが恋人未満と言っていいのか分からないような、こんな関係を続けていたりしない。
「レオンスにも教えたんだ。リュシエンヌ、お前もここは自由に使ってくれて構わないからな。うっかり後をつけられないようにだけ気を付けろよ」
「はい、分かりましたわ」
私はうっかり溢れそうになった溜息を呑み込んで頷いた。
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