新たな出会いと果たされた約束1

 王国の貴族の子女が通う学校、ルヴェイラ学院。十三歳から十六歳までの貴族子女は、王都にある建国より続くこの学院で、学問に励み人脈を築く。

 貴族男子は殆どが、女子も半数以上が入学するこの学院は男女共学で、令嬢達にとっては一発逆転のチャンスがある場でもあった。十三歳だと、まだ決まった相手がいない令息、令嬢も多い。当然各々の家の事情もあるが、彼等の中には自由恋愛の余地がある者もいた。つまり、中にはより良い相手を探すべく通う令息令嬢もいるということだ。

 私、リュシエンヌはジョエル殿下と婚約している。つまり、そんな浮ついた雰囲気とは無縁だ。


「──ここが、ルヴェイラ学院ね」


 私は気を抜くとスキップしてしまいそうになるのを堪えなければならなかった。

 あえてもう一度言おう。浮ついた雰囲気とは無縁だ──いや、そのはずだった。実際、この上なく浮ついた気持ちでいるのだけれど。

 それも仕方ないことだと、私は内心で言い訳をする。だって殿下の婚約者という立場は確かに光栄で、もうとっくに気付いた恋心のためにもこちらからこの関係を解消するつもりはないけれど、それは友達を作る上では障害なのだ。持って生まれた容姿と王妃教育の賜物な立ち居振る舞いによって、気付けば高嶺の花とされ、対等に話ができる歳の近い令嬢はいなくなってしまった。令息はそもそもジョエル殿下の婚約者である私に近付くはずがない。

 そうして私は、友達のいない寂しい人間になったのだった。


「いやっ、でも……こんなに人がいるんだから、一人や二人くらい、もの好きがいるはずよ!」


 自分で自分と友達になりたがる人をもの好きと言うのも、なんだか辛いものがある。私は小さく嘆息して、自分のクラスへと移動することにした。

 貴族子女が通う学院らしくその土地は広く、教室までの廊下も長かった。既に友人同士の人も多いのだろう。廊下のあちこちに会話に花を咲かせている人達がいる。当然私に話をする相手がいるはずもなく、黙々と先を急いだ。


「リュシエンヌ、おはよう」


「ご機嫌よう、レオンス様」


 そんな私に声をかけてきたのは、レオンス・シュヴァリエ様だった。レオンス様はシュヴァリエ公爵家の嫡男で、ジョエル殿下の従弟にあたる。ジョエル殿下とは幼馴染で、その関係で私ともここ数年間交流があった。

 レオンス様は母方の祖母譲りだという黒髪と黒い目をした、背が高い男の子だ。案外しっかりした体つきのジョエル殿下と比べると、身体は薄く、細身だ。ものすごく頭が良くて、私は(ジョエル殿下も)時折怒られている。


「ジョエルは先に教室にいるでしょうし、さっさと行きますよ」


 レオンス様は私の隣に並んで歩き出した。そうするのが当然だと言わんばかりの行動に、私は目を見張る。私の様子がおかしいことに気付いたのか、レオンス様は胡乱げにこちらを見た。


「何ですか」


「レオンス様は、私の隣を歩くのですね」


 それまでちらちらと視線を送られながら一人で廊下を歩いていた私にとって、隣を歩いてくれる存在は貴重だ。もしかして、レオンス様は私のこと、友達だと思ってくれているのかしら。あれ? だとしたら、私、友達いたのかしら。


「それはどういう意味ですか。私に、貴女の隣を歩くなと?」


「違いますわ! 逆です、逆。そうですわよね、レオンス様は友達ですものね」


「何ですかいきなり」


「いえ、丁度今、私には友達がいないと思っていたところでしたの。皆、私のことを珍獣か何かのように見ているようですから」


 さっきから、周囲から向けられている視線が気にならないはずがなかった。私が気にしていないふりをしているのを良いことに、それは不躾なほどだった。

 レオンス様が溜息を吐く。


「また、貴女は変なことを……」


 変なことを言っているつもりはないのだけど。だって、事実だもの。


「珍獣って、いきなり何ですか。そりゃ、あまり社交の場に現れない王子殿下の婚約者なんて、興味があって当然ですよ。良いですか。立場がなくても、リュシエンヌはただでさえその見た目で目立つんですから。この学院では、変なこと考えないで大人しくしててくださいね」


「私の見た目、どこか変かしら?」


 制服は今日新調したばかりだし、髪だって朝から侍女に巻いてもらったから、おかしなところはないはず。化粧も濃くないし、大丈夫よね? 私は足を止めて、きょろきょろと自分の制服や髪を確認した。

 少し先まで歩いてから私が立ち止まっていることに気付いたレオンス様が、振り返った。


「だーかーらっ、褒めてるんですよ!? 貴女はこういう遠回しな表現、本当に苦手ですよね。いつも本を読んでいるんですから、もう少しその国語力を実生活に活かしたらどうですか!?」


 その言葉に、私はそっと目を伏せた。落ち込んだふりでこの場を乗り切りたかった。

 私は一番突っ込まれたくないところを突っ込まれて、それ以上深掘りされないようにと必死だった。だって、いつも本を読んでいること、レオンス様はきっと勉強していると思っているわ。

 私がいつも読んでいるのは、恋愛小説だ。お姫様と王子様の絵本が好きな子供だった私は、歳を重ねるにつれ、絵本を卒業した。そしてその代わりとなったのが、恋愛小説だったのだ。庶民や下級貴族の子女が楽しんでいるという恋愛小説を、まさか侯爵令嬢でジョエル殿下の婚約者である私が好きで大量に購入し読んでいるなど、誰にも言えない。

 ところでいつも読んでいるそれらの本を実生活に活かすと、レオンス様はクールなふりをして実は私を好きで、でも素直に表現できない恥ずかしがり屋、ということになるのだが、本当にそれで良いのだろうか。

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