第107話:簡素な拠点

 到着した先で見た光景は、あまりにも簡素で吹いたら壊れてしまうような、小屋と呼んでいいのかも躊躇ってしまう建物が並ぶ場所だった。


「お疲れ様です、アクト様!」

「あぁ、お疲れ様。殿下はいらっしゃるか?」

「はっ! 少々お待ち――」

「僕ならここにいるよ」


 俺たちが拠点の状況に目を見張っていると、門番の言葉を遮るようにして甘い声音が聞こえてきた。

 声の方へ視線を向けると、そこには肩まで伸びた金髪を揺らす整った顔立ちの優男が立っていた。


「初めまして。僕は一応、ここを取りまとめている者でレオン・ジーラギだよ」

「お初にお目に掛かります、殿下。私は――」

「あぁ、そんなかしこまらないでくれ。僕は元第三王子ってだけで、今はここにいるみんなと同じ、ただの平民だからね」


 片膝を付いて挨拶をしようとしたガジルさんの肩に手を置いて、レオン殿下はそう告げた。

 平民に対してこのように話し掛ける事すらあり得ない事なのだが、さらに肩に触れるというのはもっと考えられない。

 王侯貴族は誰も彼もが、平民を同じ人だとは思っていないからな。


「……で、ですが」

「本当にいいんだよ。ほら、他のみんなも普通に立っているじゃないか」


 殿下の言う通り、王族の前では首を垂れるのが常識である。見かけた事すらない俺でも知っている常識である。

 だが、アクトたちも門番も顔を上げ、真っすぐにレオン殿下に視線を向けている。

 ……なるほど、アクトの言っていた通り、確かに城下へ足を運んで民と交友を深めていたんだろうな。


「……分かりました」

「うんうん。それじゃあ、立ち話もなんだし僕の家に行こうか。ただ……そっちの従魔君は入らないかもしれないけど」

「……ほほう? 我を初めて見て怯えない奴は、二人目だぞ?」

「二人目か、それは光栄だな。ちなみに、最初の一人は誰なのかな?」

「そこにいる我の主、レインズだ」


 驚きの紹介をされてしまったが、これで殿下の視線は俺に向いてしまった。

 あまり目立つのは好きではないのだが、こうなってしまっては致し方ないか。


「はい。俺がデンの主になります」

「そうかそうか……うん、君たちがこっちに来てくれて助かったよ」

「デン、俺の影の中に入っておけ。話はそっちでも聞けるだろう?」

「……仕方がないのう」


 そう口にしたデンは、俺の影の中に消えてしまった。

 アクトたちもそうだが、初見の門番は目を丸くして驚いている。

 そんな中でも表情一つ変えない殿下は、王族でありながらもそれなりに修羅場を潜って来た人物なのかもしれない。


「それじゃあ、行こうか」


 殿下の隣にアクトが並び立ち歩き出すと、それに続いて俺たちも進んでいく。

 建物は簡素だが、これは大量に作らなければならなかったから致し方ないのだろう。

 それだけ、ここにいる民の数が多かった。

 王侯貴族が逃げ出した船に平民を乗せていれば、これだけの民が残される事はなかったはずだ。


「……驚いたかい?」

「……はい」

「本来であれば、王侯貴族は支えてくれている民を真っ先に守らなければならない。だが、真っ先に逃げてしまったのがその王侯貴族だ。だからこそ、これだけの民が取り残されてしまった。亡くなった者も少なくない」


 そうだろうな。

 この場にいる民が多いとはいっても、それはジラギースで俺が目にした人口の十分の一にすら満たない。

 王都が滅ぼされ、城すら跡形もなくなってしまっている状況で、ここにいる民が多いと思ったのだ。


「ほとんどが逃げているなら良かったんだけど、民のほとんどは亡くなったよ。魔獣に蹂躙され、喰われた。中には、同じ人間に殺された者もいたかもしれない」

「同じ、人間に……」

「……いったいジーラギ国は、いつからこのように歪んだ国になってしまったんだろうか」

「それは……」

「……はは、すまないね。王族が分からない国の成り立ちを知っている人なんていないのに、変な質問をしてしまったよ」


 苦笑を浮かべた殿下は、その後無言のまま歩いていく。

 俺はそんな彼の背中を見つめながら、この人が王だったならジーラギ国がこうなる事はなかったのではないか、そう思わずにはいられなかった。

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