第104話:元騎士の男

 俺たちはすぐに身を隠して近づいてくるものが何なのかを確認する。

 しかし、こちらが気配を消したのをあちらも気づいたようで、近づいてくる足取りが慎重なものに変わった。


「…………誰かいるのか?」


 あちらから声が掛けられた。

 男性の声音だが、緊張しているのが感じ取れる。

 金属がぶつかり擦れる音も聞こえてくるので、武装している事は間違いないだろう。

 魔獣を警戒しているのか、それとも野党の類なのか。

 声は一人しか聞こえていないが、人数は三人いるようだ。

 俺は門番時代に使っていた手信号でガジルさんとエリカに合図を送ると、ひとまずガジルさんが声をあげた。


「人間だ! 攻撃をするな!」


 対人戦で一番強いガジルさんがゆっくりと姿を見せる一方、俺とエリカは忍び足で相手の側面へと左右に移動していく。

 もし野党だった場合、前と左右から一気に制圧する構えだ。


「……ん? お前は確か」

「あ、あなたは、ガジルさん!」


 しかし、予想外にも相手はガジルさんの事を知っていたようで名前を口にしている。


「どうしてお前が……いや、あなたがここにいるんですか、アクト様?」

「ガジルさん、私の事はアクトと呼んでください。それに、もう貴族も何もあったものではありませんよ。お前たち、剣を下げてくれ。彼は敵ではない」


 アクトと呼ばれた男は貴族のようだが、平民であるガジルさんの知り合いか。気安く話すように言っているみたいだし、どういう事だ?


「俺たちは剣を下げました。その……できればガジルさんも、隠れている仲間の方にも下げてもらうことはできないでしょうか?」


 アクトの言葉に俺は驚いていた。まさか、こちらの存在に気づいているとは思っていなかったからだ。


「あー……まあ、お前の場合は当然か。二人とも、出てきてくれ。あと、リムルさんとデンも」


 ガジルさんには俺たちが気づかれた理由に心当たりがあるようだ。

 声も掛けられた事だし、隠れるのを止めて姿を見せる。

 俺とエリカに続いてリムルが姿を現したのだが、デンが出てきた時点でアクトと一緒にいた二人の男性が再び剣を構えた。


「な、なんだこいつは!」

「見た事のない魔獣だぞ!」

「む? なんだ、やりたいのか?」

「ふざけるな、デン」


 殺意を向けられたからだろう、デンは牙を見せながらそう口にしたのだが、状況もあって俺はすぐに注意した。


「ふん、つまらんな」

「……ガ、ガジルさん? その魔獣は、いったい?」

「デンは俺の従魔です」


 ガジルさんへの質問だったが、俺は気にする事なく答える。

 アクトの視線がこちらに向くと、姿勢を正してから口を開いた。


「失礼しました。私は元兵士で元伯爵家の三男で、アクト・フィンネリンと申します」

「俺はレインズ。元門番で、平民だ」


 平民、という言葉を強めに口にしてみた。

 元とはいえ貴族である。平民を下に見て優位を取りにくる事も視野に入れていたのだが……。


「貴族も平民も同じ人間です、お気になさらず」


 屈託のある笑みを浮かべたアクトが右手を差し出してきた。

 生粋の貴族であれば平民と話をするだけで嫌悪感を露にすると聞いていたが、彼は違うということだろうか。


「……分かった」


 どちらにしろ、情報を得るには心強い相手である事に変わりはないので、素直に握り返す。


「それにしても、素晴らしい従魔ですね。従魔スキルをお持ちなんですか?」

「いいえ。俺が持っているのは……その……」


 そこで言葉を詰まらせてしまう。

 貴族の中にも平民と話ができるものは少なからずいたが、キラースキル持ちだと知られればどうだろうか。

 卑怯者だと罵倒されるかもしれないし、敬遠されるかもしれない。もしかすると、魔獣を従えている事で攻撃される可能性も考えられる。


「……? どうされましたか?」

「あ、いや……俺のスキルは、バードスラッシュです」

「おぉ! 遠距離攻撃持ちでしたか! しかし、だからこそあの統括長に追い出されたんですね」


 俺は、魔獣キラーの事だけは伝えられなかった。勇気が出なかったのだ。

 もしかすると、伝えなくても問題はないと勝手に自分を納得させてしまったのかもしれない。

 だが、それでもいいと考えた。

 情報さえ得られれば、あとはこちらでなんとかなるのだから。

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