第94話:卵の孵化

 道中は順調に進んでいた。

 魔獣と遭遇する事もあったが、エリカはバージルとハルクさんに剣の切れ味を見せたいと張り切っており嬉々として前に出てくれた。

 ギースは不満そうだったが、ウラナワ村に到着してからの事を考えると気が重くなるようでだんまりだ。

 ヒロさんはやはり大人で長い旅路でもどっしり腰掛けて時間を過ごしていた。


 ――そんな最中である。


「……ん?」

「どうしたんですか、レインズ?」


 ……なんだろう。何かが動いたような気がしたんだが。


「……いや、なんでもない」

「そう?」


 エリカに首を傾げられてしまったが、俺も同じ気持ちだ。

 場所の外、それも遠くで動くなら魔獣かなと思えるのだが、俺のすぐそばで何かが動いた気がしたのだから驚きだ。

 単に気のせいであれば問題ないのだが……って、やっぱり動いている?


「……もしかして!」

「え? なんですか?」

「エリカ! ちょっと御者を変わってくれ!」

「えぇっ! わ、分かりました!」


 急ぎエリカと場所を変わった俺は、馬車の中に戻って腰に下げていた袋を手に取る。

 この中に入っているのは、ウラナワ村の森で拾った卵だ。

 ラコスタ討伐の時も肌身離さず持っていた卵だが、デンが言うにはドラゴンの卵らしい。

 今まで全く反応がなかったのだが、ここにきて動き出したようだ。


「おや? それは森で拾ったという卵ですか?」

「はい。もしかすると、孵るかもしれません」

「えぇっ!? ちょっと、私も見たいですよ!」

「お、俺も見る!」

「卵ってなんの話?」

「なんじゃなんじゃ?」


 そういえばバージルにも言ってなかったか。

 俺が卵を拾った経緯とデンの推測を簡単に説明すると、二人は口を開けたまま固まってしまった。


「……ドラゴンの卵?」

「……それが、孵るのか?」

「かもしれません。まあ、ドラゴンってのはデンの推測ですけどね」

「「……」」


 あれ? さらに固まってしまったが……まあ、二人の事は置いておこう。今大事なのは卵の方だからな。

 俺は卵を撫でながら見守っており、その周りにはヒロさん、エリカ、ギースが集まっている。しばらくするとバージルとハルクさんもやって来た。

 みんな、卵から何が孵るのか楽しみなようだ。


 ――コツコツ。


 中から卵を突っついている音がする。その度に反動が俺の手に伝わってくるのもなんだか嬉しくなるな。


 ――コツコツ、コツコツ。


 段々と突く感覚が短くなり、力強くなっていく。この調子ならもうすぐかもしれない。


 ――コツコツ、パキッ!


 おっ! 小さな穴が開いたのと同時にひびが広がったぞ! 頑張れ、頑張れ!

 何も言っていないのだが、みんなは一言も発する事なく応援している。何となくだが、力がこもっているのが伝わってくるのもまた嬉しいものだ。


 ――パキパキッ!


 さらに穴が大きくなりひびが広がると――雛の顔がようやく現れた。


「……ピキャー」

「「「「「「…………か、かわいい!」」」」」」


 姿を現したのは、美しい銀色の体毛が全身を包み込んでいるかわいらしい雛だった。

 最初に飛び出してきた嘴は赤く、瞳も同じ色をしている。全身が銀毛なだけにこの二ヶ所がとても目立って見える。

 ……まあ、それもそれでかわいいんだけどな。


「ピキャー……ピキャ……ピキャ!」

「うわっ!」


 雛は小さな体で一生懸命に翼を羽ばたかせて卵の殻から飛び出すと、俺の膝の上に着地した。

 こいつ、孵化したばかりなのに元気だなぁ。


「うわー! レインズに頭をこすりつけてますよ!」

「どうやら、レインズ君を親だと認識しているようですね」

「すっげぇー! やっべぇー!」

「いや~ん! これはずっと見ていられるね~!」

「……うぬぅ……これは、かわいいのう」


 ハルクさんだけは悔しそうに呟いているが、厳つい顔でかわいいというのがなんだか面白いな。


「ねえねえ、レインズ! この子、名前を付けた方がいいんじゃないですか?」

「そうね! 雛って呼ぶのはかわいそうだもの!」

「そうですね。ここは一つ、みんなで考えましょうか」

「はいはい! ギンがいい!」

「テツで良いのではないか?」

「「「かわいくない!」」」


 おぉぅ。ギースとハルクさんの名前候補にそうツッコミだな。

 だが、そうなると安易な名前は付けられないぞ。

 その後、みんながあーでもないこーでもないと名前を考え始めてしまったが、俺は雛の頭を撫でながらずっと目が離せずにいる。


「みんながお前の名前を考えてくれてるぞー」

「ピキャー? ……ピキャピキャ!」

「ん? なんだ、どうしたー?」

「ピキャー! ピキャキャ!」

「うーん、お前の言っている事が分かればいいんだけどなー」


 こればっかりはどうしようもないと苦笑いを浮かべてしまう。

 それでも雛は何かを訴えるかのように鳴き続け、最終的には嘴で突っついてきた。


「あー……もしかして、俺に名前を付けて欲しいのか?」

「ピキャ! ピキャキャーキャー!」

「……当たりなのか?」

「ピキャ!」


 俺は雛の言葉を理解できないが、雛は俺の言葉を理解しているようだ。何度も何度も頷いてくれている。

 その姿を目にしたのか、ずっと名前を考えていた五人の視線が俺に集まってしまった。


「うっ! ……ま、まあ、そうだよな。俺が親だもんな」


 そう考えて雛を見つめると、不思議な事に頭の中には一つの名前が浮かび上がって来た。

 周りからは反対されるかもしれないが、雛が喜んでくれれば決定してしまおう。


「……お前の名前、スノウでどうだ?」

「ピー……ピピピー……ピキャ! ピッキャキャー!!」


 翼を何度も動かして膝の上で飛び跳ねている。これは喜んでくれていると思っていいのだろうか。

 ……まあ、いいんだろうな。

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