第93話:シュティナーザ出発
予定外の魔獣討伐はあったものの、以降は何事もなく予定を消化する事ができた。
まあ、外で冒険者と顔を合わせるたびに声を掛けられるようになったのは驚いた。それだけラコスタ討伐の衝撃が強かったのだろう。
エリカやギースは相も変わらずレミーと行動を共にしており、バージルもハルクさんの鍛冶屋へ向かい指導してもらっている。
エリカに関しては護衛の仕事をほっぽり出してと言いたくなったが、ヒロさんもバージルも構わないと言ってくれているので俺も放っておく事にした。
特にエリカはハルクさんの移住許可が下りた事とラコスタとの戦闘で剣が折れてしまったので、すでにバージルが打った剣を貰っている。
最初は剣に頬ずりまでして喜んでいたし、切れ味を確かめるためにと俺も思っていたんだが、まさか残りの滞在日までずっと冒険者稼業を続けるとは思わなかったが。
そして――俺たちはシュティナーザを後にする日がやって来た。
「見送りまで来てもらってすみません」
「気にするんじゃないよ! あたいも一緒に行きたかったんだが、ひとまずはシュティナーザ周辺の森で魔獣の生態調査としゃれこむさ」
「いつもより報酬を弾んでいるんだからいいじゃねえか!」
俺たちの見送りに来てくれたレミーとギルマスの声を掛けると、そんなやり取りをしていた。
生態調査はラコスタが現れた事で魔獣が散ってしまったためだ。場合によっては冒険者たちで残党狩りを継続するのだとか。
「ヒロ様、またいつでもお越しください」
「もちろんですよ、ルシウス。他の商会の方々にも伝えておいてください」
ヒロさんはルシウスさんと挨拶を交わしている。
「エリカとギースもまた来るんだよ! まあ、あたいがいるとは限らないけどね!」
「そんときは俺に声を掛けろ! 良い依頼を紹介してやるぜ?」
「もちろんです!」
「俺も! ……あー、いや、俺はどうかなー、あははー」
エリカは護衛で来れるだろうがギースは違う。俺が一睨みするとすぐに顔を逸らせていた。
「あ、あのー、レインズ様?」
「はい? あー……冒険者ギルドのチェルシーさん、でしたっけ?」
「はい! レインズ様もいつでもお越しくださいね! その時には二人でお食事でも――」
「はいはーい! そろそろ出発するわよー!」
「ちょっとー! 私の運命の相手を取らないでくださいー!」
「うるさいわね! 運命の相手がレインズのわけないでしょうが!」
……この二人のやり取り、マジで意味が分からん。
それにエリカの寝言、あれの事があるから変に意識してしまうじゃないか。
「すまんなレインズ。こいつの事は気にせずお前もまた来いよ。その時は飲もうぜ」
「……そうですね。飲みましょう、フリックさん」
「あー! フリックさんだけずるーい! 私もレインズ様と飲みたいー!」
「絶対にダメだからね! あ、フリックさんは問題ありませんから!」
「ちょっとー!」
ギルマスに気を遣ったのか、最後に声を掛けてくれたフリックさんと握手を交わしてから馬車を出発させようとした。
「あぁ、ちょっと待ってください、レインズさん」
「え? どうしたんですか、ルシウスさん?」
突然呼び止められてしまい振り返ると、ルシウスさんが一つの袋を差し出してきた。
「……えっと、これはなんですか?」
「これは魔法袋です」
「……えぇっ! マ、魔法袋ですか!?」
「えぇ。私もレインズさんのおかげでだいぶ稼がせてもらいましたから、これはそのお礼です」
魔法袋って確かものすごく高価なものだったはず。それを稼がせてもらったからとお礼で渡していいものじゃないと思う。
「さすがに受け取れませんよ!」
「いいえ、受け取ってください。このお礼には私の打算も含まれているんですよ」
「……打算ですか?」
「えぇ。今後も魔獣素材を買い取らせてほしいというね」
お茶目にウインクをしながらそう口にされると、俺も受け取らないわけにはいかないか。
そして、受け取るならルシウスさんの役に立たなければならないな。
「……ありがとうございます、ルシウスさん」
「これからもご贔屓に」
笑顔で挨拶を交わすと、今度こそ俺は馬車を走らせた。
……それにしても驚いた。俺たちが見送りに来た人たちと挨拶を交わしている間、バージルとハルクさんは馬車の中でずっと鍛冶談義に興じていたのだから。
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