第84話:打ち鳴らされる警鐘
翌日、俺は予定通りにヒロさんに同行して様々な店を訪れていた。
大きな商会を始めとして、中小の革製品専門のお店や雑貨屋といったところまで顔を出していたヒロさんを見ていると、本当に顔が広いのだと思い知らされる。
たまに休憩を挟んで外のベンチに腰掛けていると、通りすがりの人から声を掛けられる事まであるのだから驚きだ。
「ヒロさんって、本当に凄い人なんですね」
「ふふふ。そうでもありませんが、シュティナーザではといったところですかね」
目的の場所はあらかた回れたのか、最後に残していたバルスタッド商会へと足を進める。
ルシウスさんは今回も笑顔で迎え入れてくれたのだが、この人は貴族であり大商会の商会長のはず。昨日も宿にわざわざ顔を出していたらしいのだが……暇なのだろうか。
「そうそう、レインズさん冒険者ギルドへの登録はしたのですか?」
「はい。成り行きですが、登録する事ができました」
「それは良い話を伺いました! でしたら、私からの指名依頼でも――」
「ルシウス。最初に言いましたが、レインズ君はFランクですからね? ギルドが受けてくれませんよ」
「うぅぅ、そうなんですよねぇ。なんとかなりませんかねぇ」
「いや、俺に言われましても」
身分証の代わりに登録したと言っても過言ではないので、俺にはどうする事もできない。
何か抜け道があれば別だが、大体の場合はそういった方法は違反ギリギリだったりするので遠慮願いたいものだ。
俺がそんな事を考えていると――
――カンカンカンカンッ! カンカンカンカンッ!
シュティナーザに来てから初めて聞く激しい鐘の音を耳にした。
「ヒロさん、この音はなんですか?」
俺がそう口にしながら視線を向けると、何やら険しい表情を浮かべて窓の外を見つめている。それはルシウスさんも同じだった。
「……どうしたんですか?」
「この鐘の音は、物見台に設置されているものです」
「物見台? ……え、という事はもしかして?」
「えぇ。警鐘が鳴らされました。シュティナーザに何かしらの危険が迫っているという事です」
俺は立ち上がると警鐘が聞こえる方角の窓へ近づいていく。
「……警鐘は西の方から聞こえてきますね」
「ふむ……西の森で異変が起きていると考えるべきでしょうか」
「そういえば、ハグロアがAランク魔獣がうろついているとも言っていましたね」
「その魔獣がシュティナーザに近づいてきているのか?」
魔獣は人を食らう事も多いが、それは外で遭遇した時がほとんどだ。わざわざ人の多いところに向かってくるなんて自殺行為を行う事はほとんどないと言っていいだろう。
例外があるとするならば、縄張り争いに負けて仕方なく出てきてしまったか、あるいは人を殺せるだけの力を持つ上位ランクの個体が現れた時くらいだ。
「……ヒロさん。冒険者ギルドに行ってみてもいいですか?」
「構いませんよ。私はここで待機している事にしましょう」
「ヒロ様の護衛はお任せください。当商会が責任を持ってお守りいたします」
「ありがとうございます」
俺が部屋から出て行こうとすると、突然ヒロさんに呼び止められた。
「あぁ、レインズ君。せっかくですからこれを持っていってください」
「これは……魔法袋ですか?」
「えぇ。ハグロアの事ですから、きっとレインズ君の力を借りたいと口にするでしょう。どうせなら、倒した魔獣を回収してきてください」
ニヤリと笑うヒロさんに、俺は苦笑しながら魔法袋を受け取った。
「分かりました。それでは、行ってきます」
今度こそバルスタッド商会を飛び出した俺は、急ぎ冒険者ギルドへと向かった。
Aランク魔獣も心配だが、俺が一番心配しているのはエリカとギース、そして同行しているレミーの事だった。
もし三人が西の森にいたならば、考えられる行動が一つだけある。
危険を知らせるためにレミーが足止めを行うという事。そして、無駄に正義感が強いエリカの事だからレミーと一緒にその場に残るだろう。
Aランク冒険者のレミーがいるのだから、あわよくばCランク以上の実力を持つエリカと一緒に倒してしまう事も考えられるが、戦闘スタイルにも相性というものがある。
レミーのスキルもエリカのスキルも近接戦闘には強力な威力を発揮するが、相手が遠距離からの攻撃を得意とする魔獣ならどうだろうか。さらに言えば、鳥型の魔獣で空から攻撃されればどうなるか。
……考えたくないが、最悪の結果だって考えられるのだ。
「頼む、西の森にだけはいないでくれよ!」
街の中を全力で駆け抜けた俺は、ようやく冒険者ギルドに到着した。
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