第72話:男同士の会話
酒場を出た俺たちは、ルシウスさんが準備してくれていた宿屋へと向かう。
宿屋の前に到着した時は間違いではないかと思ったが、ヒロさんが案内してくれたので合っているんだろう。だが……。
「おかえりなさいませ、ヒロ様」
「いつもすみませんね、支配人」
「ヒロ様を迎え入れられるとあれば、わたくし共は全力でおもてなしさせていただきます。ご同行の皆様もごゆるりとされてくださいませ」
周囲の宿屋とは距離を置き、二階建ての豪奢な建物は普段の俺だと目にすらつかないかもしれない。主に、利用する機会がないからと視界から排除してしまう。
店員に場所を移動させてもらい、俺たちは門を潜って玄関まできれいに手入れされたアプローチを楽しみながら進んでいく。
バルスタッド商会に入る事にも気後れしていた三人は恐る恐るといった感じで歩いているが、俺も似たようなものなので口にはしない。
長いアプローチを進んでようやく玄関に到着し、支配人が扉を開けると室内はさらに豪奢な造りで煌びやかな装飾や絨毯など、俺には分不相応な場所だと改めて理解させられた。
「……ヒ、ヒロさん。俺たち、本当にここに泊まるんですか?」
「私もルシウスには無理をするなと言っているのですが、無理などしていないと最高級の宿を提供してくれるのですよ」
「わたくし共としては、ヒロ様を迎え入れる事ができるだけで感無量でございますよ?」
「すでに引退した身ですがね」
うーん、俺たちだけでも別の宿に泊まれないだろうか。何と言うか、居づらいな。
「食事は済ませてきているでしょうから、今日はゆっくりお休みください。お部屋は三部屋取っておりますが、いかがなさいますか?」
聞けば、一人部屋が一つに二人部屋が二つなのだとか。これは毎回の事で、ヒロさんが一人部屋を使い、護衛や同行者に合わせて残り二部屋を使うらしい。
足りなければ追加で部屋を借り、多ければ不要な分をキャンセルするのだとか。
キャンセル料も掛かるだろうに、もったいない。
「ヒロさんが一人部屋で良いと思います!」
「私もバージルさんの言う通りだと思います!」
「まあ、女性は二人だから決定だよな。それに、ギースは俺の弟子でもあるし、同部屋で問題ないだろう」
「ひ、一人は嫌だ! 師匠と同部屋がいい! 絶対に!」
女性陣は仕方ないとしても、ギースは何に怯えているの……あぁ、調度品を壊してしまうかもと怯えているんだな。
この様子で一人部屋に一人だと、ギースなら身動き取れなくなるかも。
「分かりました。では、私が一人部屋を利用します」
「ご案内いたします」
支配人がベルを鳴らすと、カウンターの奥から男女の店員が姿を現して部屋に案内してくれる。俺たちの案内は男性の店員だ。
「こちらがお二方のお部屋になります。鍵はこちらです」
「ありがとう。それと、こんな格好ですまない」
「ご、ごめんなさい!」
高級宿にはふさわしくない服装をしている事を謝罪したのだが、店員は笑みを絶やす事なく口を開いた。
「そのような事はございません。ヒロ様がお連れしている方々は皆様が礼儀正しく丁寧でございます。今のお客様のように。そして、我々は支配人がお客様だと言えば、全ての方が大事なお客様となります。ご用命があればいつでも店員にお声掛けください。二階にもカウンターはございますから」
「そうですか。ありがとうございます」
「ご、ございます!」
……なあ、ギース。ございますって何だよ。
おかしな発言だったにもかかわらず、店員はただ笑みを浮かべるだけでお辞儀をして立ち去っていく。
「……ございますってなんだ、ギース?」
「……き、聞かないでください、師匠」
自分でもおかしな発言だったと理解しているようだ。両手で顔を隠して恥ずかしそうにしているからな。
まあ、廊下で立ち話もなんだから受け取った鍵でドアを開けて中に入る。
「……凄い部屋だな」
「……師匠。俺、ベッドから動けないかも」
テーブルの上には果物が置かれており、グラスと水差しもある。
身だしなみを整える鏡があれば、部屋にトイレが備え付けられているのも驚きである。普通の宿屋でもトイレは外に共同のものがあるくらいだからな。
壁には絵画が額に入れられて飾られているし、ギースだけではなく俺も慎重に動かないといけないな。
「……なあ、ギース。俺たち、休めると思うか?」
「……お、おおおお、俺に聞かないでくださいよ、師匠!」
……よし。こういう時にはさっさと寝るに限る。
飯も食べたし、勝手に宿の中を歩き回るのも怖いからな。
「寝るか、ギース」
「うっす! ……でも、体はどこで洗えば?」
「……風呂も付いてるみたいだぞ?」
「……これ、入っていいんですか? 怖いんですけど?」
「先に入れ」
「い、嫌ですよ! 師匠から入ってください!」
「俺は……少し、窓から外を眺めておくよ」
「何ですか、それは!?」
結局、俺たちは広い風呂に驚きつつも一緒に体を流し、そのまま眠りについたのだった。
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